日本人が知らなかった中東の謎

佐々木良昭

「中東」と聞いてまず思い浮かべるのは、かの地域であまねく信仰されているイスラム教だろう。では、私たち日本人が持つイスラム教のイメージとは何だろうかと考えてみると、ジハードから想起される自爆攻撃や残虐行為といった、忌避すべき危険な宗教かもしれない。だが、それは大きな間違いであると、著者の佐々木良昭氏は否定する。実際に現地の人達と付き合ってみるとわかるが、日本人より情が濃く面倒見もいい。彼らは喜んで友人を迎え入れてくれ、徹底して歓待しようとする篤い人情を持った人たちだと説く。そういったイスラム教とその社会にスポットを当て、どのようにして現地の人たちと付き合えばいいのか、またどのようにビジネスを進めていけばいいのかを解説する。

まずイスラム(イスラム教)とは何かについて触れる。イスラム教は「こうしたほうがいい」「こういう生き方もある」というソフトな教えではなく、無条件で神の命令に従えという峻厳な宗教である。神には慈悲があり愛があるけれども、そもそも神と人間との関係は厳しいものだという観念が根底にある。だから、唯一絶対の存在であるアッラーの命令には100%従わなければならず妥協の余地はない。つまり、アッラーが豚を食べるなと言えば、イスラム教徒は絶対に豚を食べてはいけない。ジハードについても同じ理屈だが、イスラム教はユダヤ教やキリスト教と違って異教徒に寛大な宗教であり、異教徒大虐殺や強制的改宗のようなことはしなかった。イスラム教とは、いくらアッラーの命令は絶対だといえ、客観的な立証があれば許しを得られる宗教なのだ。

このほか、中東を知る上で欠かせない情報が幅広く紹介されているが、中でも興味深かったのがイスラム教の奉仕の精神について触れられた箇所だ。イスラム教には「喜捨」の教えがあり、貧しい者への施しが善行や奉仕の一環で日常的に行われている。施した善行は無にならず神が見ていてくださる。それは同じ宗教を信じる者同士の信頼関係をさらに強固にすることであるが、それ以上に、善行はめぐりめぐって自分のもとへ戻ってくるという考え方がある。実際、著者も初対面の中東人から旅行代として4、5万円に当たるお金をポンと差し出されたことがあるという。このように、本書は、中東に住む人たちの生活習慣を紹介することに多くのページを割かれているため、政治・経済・外交などの知識を得るというより、これまで中東に馴染みのなかった日本人が中東を知るための入門書として手に取るのが適切だろう。


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