イスラム国の正体

黒井文太郎

そのルーツはイラク戦争にあった。戦後、反米テロが吹き荒れる中、もっとも激しいテロを行っていたのがアブ・ムサブ・ザルカウィ率いる「タウヒード・ジハード団」。米軍だけでなくシーア派住民を標的にしたテロを活発に行なう一方、外国人の誘拐と処刑にも手を染め、人質を斬首した映像をネットで公開するという手法を取ってきた。のち、組織名を「イラク・アルカイダ」と改名し、イラクで拉致した日本人旅行者を人質に日本政府に自衛隊撤退を迫り、拒否されると斬首処刑したりしている。スンニ派過激派組織を吸収して巨大していき、ザルカウィの爆死後は「イラク・イスラム国(ISI)」が創設。単に対米テロやシーア派に対するテロを行うだけでなく、イスラム法に基づくイスラム国家の建設を掲げた。米軍のテコ入れにより大きな打撃を受け、構成員も1000人以下に激減するが、最高指導者アブバクル・バグダディのもと、規模は小さいながらも過激なテロを行うアルカイダ系の組織として存続していく。

そんな中、イラク・イスラム国は、2011年に始まったシリア内戦をきっかけに一気に戦力を拡大する。スンニ派系勢力を中心とした反政府軍がうまく連携できずにいる中、イラク・イスラム国はその最大勢力であるヌスラ戦線を一方的に統合。組織名を「イラクとシャームのイスラム国(ISIS)」に改める。ヌスラ戦線の離反、アルカイダから破門されるというアクシデントはあったものの、反政府軍の外国人義勇兵を多く引き入れつつ組織を拡大。混乱するシリアで、国内有数の油田エリアをはじめとした広い支配地を確保する。やがて、イラクとシャームのイスラム国は、イラク北部・西部で大攻勢に打って出る。イラク第2の都市モスルでは政府軍と治安部隊が敵前逃亡したため、市内の軍事施設に放棄された大量の兵器を鹵獲。また、中央銀行を襲撃し4億2500万ドルもの大金をせしめている。こうしてイラク全土の3分の1近い面積を支配するに至ったイラクとシャームのイスラム国は、2014年6月29日、シリア国内の支配地域と合わせたイスラム国家の樹立を宣言し「イスラム国(IS)」と改称。自らをカリフ制国家と主張し、最高指導者のバグダディ自身がカリフ就任を宣言した。

イスラム国の特徴として、その徹底した残虐性があげられる。自分たちは神の意思に基づいて行動しているとの意識から、異教徒あるいは自分たちが異端とみなした人々に対して、自分たちは生殺与奪の権利を握っていると考えている。そのため、敵対勢力の捕虜の大量銃殺、女性を性奴隷として連行、支配地域での一般住民の斬首処刑などを簡単にやってのける。ときには処刑した人物を街中で晒し首にし、それを誇示するかのように画像を撮ってネット配信したりする。その恐怖の一端を私たち日本人も味わったのが、つい先日の湯川遥菜さんと後藤健二さんの殺害だった。イスラム国の跳梁は日本から遠く離れた中東で起こっていることではあるが、もはや対岸の火事ではない。まして、イスラム国の思想に共鳴し、現地入りを図る日本人まで現れた(完全に心酔していたわけではなかったケースもあったようだが)。本書ではイスラム国の出自、思想、組織構成、リクルートなどをわかりやすい文章で詳しく解説している一方、これ以上の勢力拡大はないだろうと予測している。たしかに、イラクとシリアの政情不安定が原因で躍進したため、両国の問題を解決すれば急速に収縮する可能性はある。だが、そこまで事は簡単だろうか。全世界のイスラム教徒に与える影響と、イスラム教徒に対する非イスラム教徒からの偏見がさらに強まることを考えると、第2第3のイスラム国が誕生する素地こそ絶たなければならないはずだ。イスラム国の今後の動きに目が離せない。


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