経済で読み解く大東亜戦争

上念 司

現在の日本の歴史教育において、大東亜戦争は単純に負の歴史として非難こそされど、「なぜ戦争に突き進んでいったのか」、その本当の理由が教えられることはない。その当時の国際関係を追うだけでは十分ではなく、ある政策の背後にあった世の中の「空気」、その空気を形成する人々の気持ちに大きな影響を与えていた「経済情勢」を知らなければ、本当の原因を知ることはできないのだ。著者の上念司氏は、「愚かな決断、判断の誤りは気の迷いから生じ、気の迷いは経済的な困窮に誘発される」という仮説を検証することを本書の目的とし、そのうえで「ジオ・エコノミクス(地政経済学)」をピックアップする。ジオ・エコノミクスとは、経済をひとつの手段として相手国をコントロールする戦略を研究する学問のこと。上念氏は、世界各国が戦争へと向かう原因となった経済制度として「金本位制」を挙げる。

金本位制とは、各国通貨は必ず金と交換できることが保証されているという仕組みのことだが、その最大の問題点は、新たに金山が開発されない限りその量が増えないことにある。つまり、金の産出量が文明の発達に追いつかないと、人間がつくる商品よりも金の価値のほうが高くなってしまう。第一次世界大戦後に世界中を襲った世界恐慌も金本位制が原因だ。戦争が発生したため欧州各国は一時的に金本位制を離脱し、貨幣を大量発行して軍備増強に用いた。戦争が終わり平和になったので多くの国が金本位制に戻ろうとしたが、これがよくなかった。戦前の貨幣レートで金本位制に復帰するには、すでに大量に発行してしまった貨幣を吸収して減らす必要があるのだが、そうするには急激な利上げをしないといけない。このため、大量の企業倒産、失業者が発生することとなり、各国はブロック経済、そして戦争に解決を見出そうとしたのだ。

さらに、経済という観点を持つことにより戦争の原因における別の側面が見えてくる。それは、「戦争をしても得にならないと判断せざるを得ない状況に相手を追い込めば戦争は起きない」という損得勘定だ。わかりやすい例が核保有国同士(あるいは日米関係のように同盟国が核保有国)の諍いだろう。たとえ小競り合いが起きても全面戦争に発展しないのは、この損得勘定ゆえである。また、戦争を投資やプロジェクト・ファイナンスとして考えた場合、本当に採算がとれるのか。ポール・ポルスト著『戦争の経済学』を引用し「戦争前のその国の経済状態」「戦争の場所」「戦争資源・兵士の動員(戦時動員体制)の量」「戦争の期間と費用および資金調達法」という原則から考察している点も興味深い。

本書の要点をひと言でまとめると、「各国が戦争へ至る原因は、度重なる経済失政により生活が不安定で精神的に追い詰められたから判断を誤った」ということ。大東亜戦争前の日本になぞらえると、経済においては悪性インフレにより生活の困窮、戦争遂行によっては無能な指揮官(山本五十六)によるかつ見込みのない戦いの敢行が、国家存亡の危機に追い込んだということになる。タイトルだけを読むと、大東亜戦争一点に集中した経済的分析がなされているのかと思い込んでしまうが、実際は第一次世界大戦前に主流だった金本位制の解説から、世界恐慌、そして第二次世界大戦後と、わりと長いスパンで取り上げられており、大東亜戦争への言及はそのうちの一部分にすぎない。ただ、ひと通り読み終えると、大東亜戦争のケースが特殊だったわけではなく、世界的に見てもどの国も同じ過ちを犯して戦争突入という愚を繰り返していることがよくわかる。そして、世界各国はその同じ愚を現在に至っても犯し続けているのだ。


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