銀翼のイカロス

池井戸 潤

東京中央銀行本店の営業第二部次長として腕を振るう半沢直樹は、ある日、部長の内藤に呼び出される。そこで、経営破綻が噂されている帝国航空の再建計画を任される。本来、資本系列の大企業を主要取引先とする営業第二部が担う案件ではなく、またリソース的に手一杯であるという現状があるのだが、中野渡頭取直々の要請ということで不可解ながらもこの難物を引き受けることとなった半沢。帝国航空は、業績不振により総額二千億円の長期資金を調達できず、その半分の一千億円、しかも短期資金にとどまっている。さらに、その八割は政府保証付きなのだが、折しも再建案を主導している現政権はいまや末期で、近く行われる総選挙で野党に政権を明け渡す公算が大きいため、政府が救済する手はずがつかないでいる。半沢は、帝国航空の旧態依然とした企業体質、銀行合併前の出身行による派閥争い、政治家の錬金術とタスクフォースの濁りきった思惑など、さまざまな困難に立ち向かうこととなる。

「あなたたちの頭の中には、カネのことしかないんですか。私たちは、お客様の安全を預かる交通機関だ。あの飛行機には、コストだけでは割り切れないものが数多く詰まっている。そういうことも理解せず、ただ金儲けしか頭にない人間に、生きた修正案などできるんですか」。これが、後がなくなった企業の言い分だ。これに対し、銀行の論理は「我々は親切でカネを貸しているわけではない。ビジネスとして融資しています。返す力があるのなら、借りたものは返す。そんなことは当たり前の話ではないでしょうか」なのだから、企業(帝国航空)と銀行(東京中央銀行)の間で話がすんなり進むはずがない。

さらに、タスクフォースは銀行に帝国航空の債権を七割カットを要請してくる。これは銀行にとって死活問題だ。東京中央銀行の場合、放棄する債権は五百億円にも及ぶ。「我々は国益を考えていってるんだ。一銀行のちっぽけな利益しか眼中にない連中のために、社会全体が迷惑する」とふっかけてくるタスクフォースに、半沢は「この五百億円があれば他で資金繰りに苦しんでいる多くの企業に融資ができる。この日本を支えているのは帝国航空だけじゃありません。我々は、多くの一般企業にこそ資金を供給しなければならないと考えております」と切り返す。このくだりでは、帝国航空のモデルとなった日本航空、またリーマン・ショックで公金で救済された米保険最大手AIGの事例を重ね合わせ、思わず膝を打った人も多いだろう。

前作同様、半沢の行く手には、必ず巨大な権力による横槍、行内での妨害・密告・裏切りが立ちはだかってくる。金融庁の黒崎をはじめとして、それぞれのキャラクターが非常にわかりやすい人物像なので、ページをめくる手が止まらなくなってしまうほどの疾走感があると同時に、劇画的すぎてやや緊張感が緩んでしまう箇所も少なくはない。だが、それでもこの半沢直樹シリーズが日本社会で支持されている理由は、やはり「言いたくても言えないことを言ってのける、やりたくてもやれないことをやってのける」半沢像だろう。「徹底的にやらせてもらいますよ。警察にあって銀行にないものがひとつある――時効ですよ」。流行語になった「やられたらやり返す、倍返しだ!」を裏打ちする、この強い意志。半沢人気の正体は、単にカタルシスを得るだけでなく、半沢直樹に憧れる人が多いからと言ったほうが正しいかもしれない。


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