奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき

ジル・ボルト・テイラー

著者のジル・ボルト・テイラー博士は、とある事故に見舞われる前、ボストン郊外にあるマックリーン病院の構造神経科学研究所にて、統合失調症の生物学的な基礎を探る研究に熱を入れていた。また、NAMI(全米精神疾患同盟)の若き理事として、科学者にとって不可欠な、精神病と診断された人々からの脳の献体を周知徹底させるために、全国を飛び回る情熱家でもあった。そんなジルに、ある朝、異変が襲いかかる。目が覚めたとき、彼女自身が脳障害になったことを発見したのだ。脳卒中だ。4時間という短い間に、自分の心が、感覚を通して入ってくるあらゆる刺激を処理する能力を完全に失ってしまうのを見つめていた。珍しいタイプの出血が、ジルを完全に無力にし、歩いたり、話したり、読んだり、書いたり、そして、人生のどんな局面をも思い出すこともできなくなってしまった。

一人暮らしのジルにとってまずしなければならないことは、助けを呼ぶことだった。だが、体の平衡感覚が失われ、さらには物に対する認識も曖昧になっていく中、集中すればするほど考えが逃げていく。そうした状態において、ジルは答えと情報を見つける代わりに、こみ上げる平和の感覚に満たされていく。左脳の言語中枢が徐々に静かになるにつれて、ジルは人生の思い出から切り離され、神の恵みのような感覚に浸り、心がなごんでいった。高度な認知能力と過去の人生から切り離されたことによって、意識は悟りの感覚、あるいは宇宙と融合して「ひとつになる」ところまで高まっていった。三次元の現実感覚も喪失し、自分の体がどこから始まってどこで終わるのか、という体の境界すらわからなくなっていた。体が固体ではなく、流体のようであったという。

神経科医であるジルには、自分の脳内で起こっていることがわかっていた。AVM(脳動静脈奇形)は最初、脳の左半球の真ん中から後ろにかけての部分が破れたと思われるが、この時点までに、左の前頭葉の言語能力を司る細胞もまた、損傷を受けていたと思われる。血液が2つの言語中枢(ブローカ野からウェルニッケ野まで)の間の情報伝達の流れを妨げたので、言語を発することができなかっただけでなく、言葉も理解できなかった。呼気のコントロールを司る中枢が損傷を受けることを怖れながら、ジルはやっとのことで職場へ連絡をつけ病院へ搬送してもらった。AVMを除去する手術が決まると、ジルは母のGGとともに、言語や歩行といった基本動作を取り戻すプログラムに取り組んでいった。

手術後、ジルは数年かけてリハビリに励み、読み書きや自動車の運転をこなせるようになり、ついにはインディアナ州の大学で講義を持てるくらいにまで回復した。ジルは、脳卒中を地獄の体験としてではなく、自己との対話と捉え、読者に脳との付き合い方のアドバイスを提供する。ジルが脳卒中によってひらめいたこと。それは、右脳の意識の中核には、心の奥深くにある、静かで豊かな感覚と直接結びつく性質が存在しているという思い。右脳は世界に対して、平和、愛、歓び、そして同情をけなげに表現し続けているということ。左右の脳それぞれのキャラクターに合った大脳半球の住み処を見つけてやれば、左右の個性は尊重され、世界の中でどのようにいきていきたいのか、もっと主張できるようになる。頭蓋の内側にいるのは誰なのかをはっきりと理解することによって、バランスの取れた脳が、人生の過ごし方の道標となるのだ。


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