カエルの楽園

百田尚樹

アマガエルのソクラテスとロベルトは、生まれ育った国を追われ、安住地の地を求めて旅を続けている。平和だったアマガエルの国が、ある日凶悪なダルマガエルに乗っ取られ、毎日のように仲間たちが食べられるという地獄と化してしまったからだ。いずれこのままでは自分たちは死に絶えると考えたソクラテスは、国を捨てることを提案するが、長老一派はダルマガエルはいつか去るだろうと主張して反対する。長老たちと決裂したソクラテスは、若い仲間たち60匹と新天地を求めて旅に出た。だが、安住の地は見つからない。水気のない石と砂だらけの荒れ地をいく日もさまよい、あちこちで仲間がイワナやカラスの餌食となり、気づいてみれば残ったのはソクラテスとロベルトだけになっていた。ほうほうの体で大きな岸壁の下にたどり着いた2匹は、意を決して壁をよじ登り始める。途中、モズの襲撃をかわしながら、ようやく壁を登りきった2匹。そこには、見たこともないような美しい湿原が広がっていた。

そこは、ナパージュというツチガエルの国だった。ナパージュに住むカエルたちは、見ず知らずのソクラテスたちを見ても警戒もしないし、敵意の眼差しを向けてきたりもしない。それどころか、皆とても親切だった。ソクラテスたちが遠くから来たと知ると、心地よく過ごせる木陰などを教えてくれたり、ロベルトが傷ついた足を引きずっているのを見ると餌になる虫をくれたりした。また、ナパージュのカエルたちは、昼間でも平気で草むらや葉っぱの上で寝て、水の上に気持ちよさそうに浮かんでいる。まさに平和そのものだ。これまで各地で散々な目に遭ってきたソクラテスたちは驚くばかりだったが、ある日、ナパージュの平和の象徴とされている「三戒」の存在を知る。三戒とは、「カエルを信じろ」「カエルと争うな」「争うための力を持つな」の三か条だ。この三戒が誕生してから一度もナパージュは襲われたことがないとのことで、ナパージュのカエルたちはずっと守り続けているのだという。残虐なヒキガエルやダルマガエルも同じカエルなので信じれば争いは起きないという論法に、ソクラテスは納得しつつもどこか腑に落ちないものを感じた。

そんな中、南の沼に住むウシガエルが壁を登ってナパージュに入り込んできた。これまで一度もウシガエルが侵入してきたことがなかったため、ナパージュは上へ下への大混乱。侵入はその日だけでなく、毎日続くようになる。蓮の沼で朝夕にわたって平和を説いているデイブレイクは「話し合いで解決できる」と講じ、元老院の会議では、古老のガルディアンがウシガエル排除派を退け「こちらから何もしなければウシガエルたちは出ていく」と諭した。ほとんどのカエルが三戒を盾にデイブレイクとガルディアン支持に回った。ここで問題が起きる。ナパージュの奥に入ってこようとしたウシガエルを、ハンニバル兄弟が壁から突き落としたのだ。ハンニバル兄弟は一般的なツチガエルより体が大きく腕力も強い。すると、デイブレイクらが三戒違反だとハンニバルたちを舌鋒鋭く批判し、ついには彼らの目を潰し両腕を切断してしまった。さらに、契約により上空からナパージュの警護に当たってもらっていたワシのスチームボートにも、これ以上ナパージュ上空を飛んでくれるなと要請する始末。こうしてナパージュは丸裸になってしまった。

数十ページ読めば、どこの実在の国の寓喩であるか、よほどの世間知らずでもない限りわかるだろう。三戒という錦の御旗を掲げていれば、戦争に巻き込まれるどころか、戦争が起きるはずがないと信じ込んでいるナパージュのカエルたち。国境を侵すウシガエルに対しても、話し合いで解決できると信じ込んでいるナパージュのカエルたち。武力は戦争を引き起こす原因となるものだからなくしてしまおうと考えるナパージュのカエルたち。ひたすら三戒護持を押し通したナパージュが最終的にどうなったか。ソクラテスは、ナパージュを去る際にこう語った。「三戒は宗教みたいなものだったんじゃないかな。ナパージュのカエルたちは殉教したんだよ」。国に殉ずることはあっても、国を覆い隠している空気に殉じたくはないものである。


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