「ドイツ帝国」が世界を破滅させる

エマニュエル・トッド

冷戦崩壊後、EUの東方拡大によってドイツは、社会主義政権下で高い水準の教育を受けた良質で安い労働力を活用し、経済を復活させヨーロッパを支配するに至る。著者のエマニュエル・トッド氏は、これを「ドイツ帝国」と表現する。ドイツは、グローバリゼーションに対して、部品製造を部分的にユーロ圏の外の東ヨーロッパに移転して安い労働力を利用する一方、国内では競争的なディスインフレ政策を採り給与総額を抑制することで適応した。スペイン、フランス、イタリアその他のEU諸国は、ユーロのせいで平価切り下げを構造的に妨げられ、ユーロ圏はドイツからの輸出だけが一方的に伸びる空間となった。こうして、ユーロ創設以来、ドイツとそのパートナーの国々との間の貿易不均衡が顕著化していくこととなる。そのドイツによって支配権を握られたヨーロッパは、すでにロシアと潜在的戦争状態に入っているという。そして、ロシアの崩壊に戦々恐々としているのがアメリカ。もしロシアが崩れたら、ウクライナまで拡がるドイツシステムとアメリカとの間の人口と産業の上での力の不均衡が拡大して、西洋世界の重心が大きく変化しアメリカシステムの崩壊へとつながるからだ。

では、ドイツが帝国たり得る特異性とは何なのか。その好対照として挙げられているトッド氏の母国フランスが普遍的人間という概念を提示し堅持する国であるのに対し、ドイツは文化や国で大きく異なる、それぞれの経済的適性も異なると考える国。だから、ドイツは単一通貨ユーロの考案者とはならず、自然と利用する立場となった。さらに、ドイツにはフランスなどには希薄な権威主義的文化が浸透しており、規律や上下関係といった価値観を重んじている。そのため、ドイツ人は経済の引き締めや緊縮財政を受け入れた。また、個々人をかつては家族に、今日では集団に組み込むそうした価値のおかげで、国としての経営戦略を一致協力して合議するほどまでに組織された経営者団体も現れている。その一方で、ドイツ経済界のトップたちは、ユーロの死が彼らを危険に陥れることをよく理解している。ユーロがなくなれば、フランスやイタリアが平価切り下げに踏み切る可能性を再び手に入れるからだ。そうした国の企業がドイツの企業に対して競争力で上回るかもしれない。だから、彼らの意向はユーロの救出であり、ドイツ帝国の維持なのである。

ドイツは一見、フランスよりも健全なデモクラシー国家であるように見える。労働組合が労働者たちを代表する機能を今日でも果たしているし、極右や極左の勢力も他の国々に比べればさほど目立っていない。こうしたドイツが、本書のタイトルとなっている「世界を破滅させる」とはいったいどういうことなのか。ヨーロッパで支配権を握ったのは最初のうちは経済だったが、いまや政治まで牛耳るようになっているドイツ。ドイツ一国、ヨーロッパの中のドイツ、そして世界の中のドイツと順に俯瞰していくと、ドイツ帝国としての様態が数々の歴史的シーンとともに交錯してくる。本書は、そうした展望のきっかけを与えてくれる一冊だと感じた。


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