警視庁科学捜査最前線

今井 良

日本の警察捜査の真骨頂といえば、刑事が刑事手帳を見せて聞き込みをする「地取り」と呼ばれる捜査だ。凶悪事件が発生して特別捜査本部が立ち上がると、本部のみならず周辺警察からも人員を大量動員し、一斉に捜査を展開。捜査員が2人1組となって一軒一軒聞き込みを行う様子は、刑事ドラマでおなじみだろう。また、聞き込みだけでなく、指紋、現場に残された遺留品と呼ばれる犯人が残したさまざまな「ブツ」を追いかけるもの捜査の定石だ。だが、ここ最近、そうした「ヒト」と「ブツ」を追う伝統的な捜査が通用しないケースが多く出てきている。希薄化しつつある人間関係からは聞き込みで得られる情報は乏しく、大量生産・大量消費時代において遺留品の特定は困難を極める。そんな中、防犯カメラをはじめとするデータ分析捜査にスポットが当てられている。現代警察の活動は、「犯罪ビッグデータの分析捜査」にシフトしているのだ。

2011年1月、東京目黒区の民家で87歳の男性が宅配便を装った男に刃物で刺され殺害された。近隣住民から通報を受けた警視庁から直ちに捜査員が現場に急行し、聞き込み捜査を開始。それと同時に、機動分析係は現場周辺の防犯カメラの画像回収に向かっていた。「後足(あとあし)を追いかけろ!」。班長の警部が捜査員に檄を飛ばす。後足とは犯人の逃走経路情報のこと。防犯カメラの画像は保存状態が命だ。店によっては3日で消去されてしまうこともある。捜査員は後足を元に、周辺の防犯カメラ画像を人海戦術で回収していく。犯人は中目黒駅からタクシーに乗ったことは確認できたものの、行方はぷっつりと途切れてしまった。すると、今度は「ホシの前足を洗え」との指令が下る。犯人の犯行前の足取りを洗えという意味だ。これも防犯カメラ映像の収集・分析によって明らかになっていく。その結果、犯人は、福島のいわきから高速バスで東京に来ていたことが判明。直ちに捜査員がいわきに飛び、犯人逮捕に至った。

この事件で活躍したのが、警視庁が誇る分析捜査の専門部隊「捜査支援分析センター」、通称SSBCの捜査員だった。SSBCは2009年4月に警視庁刑事部内に約100人体制で発足。その役割は、防犯カメラの画像分析、電子機器の解析を主とする「分析捜査支援」、犯罪の手口などから犯人像を分析するプロファイリングを主とする「情報捜査支援」の大きくふたつに分かれる。彼らの存在こそが、上記の目黒の殺人事件解決につながり、また2013年2月のパソコン遠隔操作ウイルス事件での犯人逮捕につながった。指掌紋やDNAなどに加え、大量の情報を意味する「ビッグデータ」の分析も急務とされている現代の警察捜査。本書では、時代を彩るさまざまな変化に対応する最新の捜査事情が事例を交えながら詳細に解説されている。伝統を守りつつ進化し続ける警察捜査の最前線を読み取りたい。


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