問題は英国ではない、EUなのだ

エマニュエル・トッド

2010年以来、グローバリゼーションのダイナミズムが底をつきはじめている。しかも、その兆候が、アメリカとイギリスというグローバリゼーションを発生させた2つの国を例外とせず、むしろとりわけこの2国で現れてきている。アメリカでのドナルド・トランプ大統領誕生、イギリスでの「ブレグジット(EU離脱)」がまさにそれを示していると言えるだろう。この変化は、とてつもない逆転現象だ。なにしろ、アングロサクソンの2つの大きな社会が、30年間にわたって歯止めなき個人主義をプロモーションした果てに、ネオリベラリズムであることに自ら耐えられなくなっているのだから。英米がナショナルな理想のほうへ大きく揺れ戻るのは、ドイツの台頭、ロシアの安定化にもまして重要であるとともに、ヨーロッパでもっとも個人主義的で開放的な文化を持ったイギリスが、反グローバリゼーションに触れたことは注目に値する。

イギリスは、ブレグジットを国民投票で決めた。国民投票はイギリスではあまり馴染みのない手続きとのことだが、出口調査によればブレグジットの第一の動機は移民云々ではなく、イギリス議会の主権回復にあった。イギリス人にとって政治哲学上の絶対原則は議会の主権にあるのだが、ブレグジットを選択するまで、イギリス議会は主権を失っていた。イギリス人にしてみれば、亡国のEU加盟から国を取り戻したという心境だろうか。また、ブレグジットによって忘れてはいけないことは、アメリカがドイツをコントロールする力を決定的に失うということ(フランスはドイツに従属的になる)。これはドイツ中心のEUが公式に独立を獲得し、西側システムという概念が終焉することを意味する。

グローバリゼーションが進んだいま、先進国の人々は、多かれ少なかれ「グローバリゼーション・ファティーグ(疲れ)」を感じている。英米が旧来的なナショナルな方向へバランスを戻す中、フランスや日本などでもその傾向が見られる。著者のエマニュエル・トッド氏は、今回のブレグジットが統合ヨーロッパ崩壊の引き金となるが、それ以上に重要なのは、世界的なグローバリゼーションのサイクルの終わりの始まりを示す現象であるとの見方を示す。そのうえで、ブレグジット後の世界(特にヨーロッパ)の動向を見据える。大きく2つのシナリオがあるとし、ひとつ目は世界各国のエリートがもう少し穏当になり国民国家の再構築に着手していくケース、2つ目が、大量の移民を受け入れ続けているドイツの不均衡な社会状況に端を発したヨーロッパの不安定化。イギリスの国民国家への回帰は、かくも歴史的に最重要なターングポイントとなっているのだ。


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