米中もし戦わば

ピーター・ナヴァロ

もしアメリカと中国が戦争をするとしたら、どのようなシチュエーションが考えられるか。その発端から経過、終戦に至るまでのさまざまなシミュレーションが関係各所でなされているが、当然のことながら机上で現実性が高いと見積もられた予測でしかない。そんな中、ほぼ確実だと考えられる経緯が一点だけある。それは、米中が開戦するに当たって、どちらが先に仕掛けるかということだ。毎年多額の貿易赤字に苦しみ戦争疲れが著しいアメリカに対し、長足の経済成長のもと凄まじい勢いで軍拡をしている中国。戦闘機や原子力潜水艦、核弾頭の保有数を一段飛ばしで増やし、さらには東シナ海や南シナ海の島しょ部の領有権を強奪する意図を隠さず、こうした動きを平和的台頭とする白々しいエクスキューズも臆面もなく言ってのける。米大統領補佐官のピーター・ナヴァロ氏が、攻撃能力を急速に開発している中国の経済や貿易活動はもちろん、政治体制や群の内情に至るまで、あらゆる面から「米中戦争」の可能性を探る。

まずナヴァロ氏は歴史を振り返る。かつてアテネとスパルタが戦争になった原因は、アテネの勃興およびそれがスパルタに引き起こした恐怖心であった。この事例に沿って統計を取ると、1500年以降、既成の大国と台頭する新興国が戦争に至る確立は70%以上だという(15例中、11例)。また、ジョン・ミアシャイマー氏からの引用として、すべての大国は生き残りをかけた問題として世界的な優位性すなわち「覇権」を求める、また中国はアジアの覇権を狙っているのだから中国がアメリカを犠牲にして台頭することをアメリカは阻止しなければならないとの論を紹介する。中国共産党指導部による、軍拡に悪意はないとの主張を鵜呑みにすれば戦争は起きないだろう。だが、アジア太平洋地域への覇権を露わにしている中国の目に、日本をはじめ韓国やフィリピン、グアムなどに展開するアメリカ軍の存在がどのように映るか。さらに問題なのが、中国が建国以来、チベット、新疆、インド、フィリピン、ベトナムなどを武力侵略してきたのと同様に、アメリカも朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦争をはじめ旧ユーゴや南米諸国への武力介入した経緯がある。両者がこの侵略・介入に対して、互いに相容れない正当化の主張を行っているのだ。

このように、米中戦争の可能性を模索しながら、実際に戦争になるとするとどの地域が開戦の地となるのか、どのような戦闘行為が行われるのかなどがつぶさに語られていく。特に、中国の保有兵器、戦略・戦術に重点が置かれている。その中で、もっとも関心が寄せられるのが、核武装した超大国が睨み合うとどうなるのかということだろう。戦略核としての抑止力はきちんと働くのか。ナヴァロ氏は、アメリカが中国に信じ込ませなければならないこととして、2点挙げる。第一に、中国を打ち負かす、あるいは少なくとも中国と戦って引き分けに持ち込む軍事力を持っていること。第二に、必要とあらば通常戦争を戦う覚悟も、やむを得ない場合には核兵器の使用も辞さない覚悟もあること。しかし、アメリカの合理主義思考が中国に通用するとは限らない。これ以外にも、実際に戦争にならずとも現在進行している中国によるサイバー攻撃や情報戦など、中国よりもむしろ堪忍袋の緒が切れたアメリカから仕掛けるシナリオも考えられる。圧倒的な貿易不均衡もそうだ。本書は、いまにも弾けそうな米中関係を知るうえでの必読書であるにも関わらず、素晴らしい翻訳で非常に読みやすい。関心がなくとも手に取るべき一冊だ。


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