プーチンとロシア人

木村 汎

プーチンは果たしてどのようなやり方ないしトリックを用いて、国際社会でロシアが実力以上の発言権ないし影響力を持っているかのように見せかけることに成功しているのだろうか。まず思いつく答えは、プーチン・ロシアが準独裁体制の国であるからだろう。プーチンは、現ロシアで民主主義国の指導者たちとは次のように異なった独裁的な権力を享受している。たとえば、ほとんど三権分立の原則に左右されることがないため、プーチンが下す外交政策は即ロシア議会から自動的に承認を受ける。集会、言論、出版などの民主主義的諸権利を制限している上に、3大テレビをすべて国営化しているので、プーチン大統領は国民、知識人、マスメディアからの批判をほとんど気にしなくて済む。要するに、プーチンは他国の指導者と違って己の思うがままの対外政策を直ちに実行に移しうる利点に恵まれているのだ。また、彼が「人間関係のプロ」であることにも注目したい。射落とそうと思った人物を必ず籠絡し、味方につけることに成功している。サンクト・ペテルブルク市長、エリツィン大統領、ジョージ・W・ブッシュ大統領をたらしこんだ事例に事欠かない。「プーチンは礼儀正しい素振りを示しながらも、その背後では恐ろしいまでのエネルギーを蓄積させ、沸騰させている人間なのである」。こうした人物評もある。

そのプーチンの人柄、とりわけ今後予想される行動様式を知る適当な術は果たして存在するのだろうか。著者の木村汎氏は、3つの側面からアプローチを試みる。第1は「プーチンがロシア人であること」であり、彼はロシア人特有の思考と行動様式を示すに違いない。第2に「プーチンがいまやロシアの政治家であり、かつ最高指導者であること」を挙げ、一般国民大衆から浮き上がり失脚の危険に迫られていないかを問う。そして第3は「プーチンが政権末期を迎えていること」。彼は己のサバイバルを懸け国民受けを狙った諸政策を提唱するだろうか。以上の3点から、木村氏は、プーチンを理解し彼の政策や措置を予測するためには、ロシア人一般をすることが肝要になると考える。ロシア人の国民的性格を知ることによって初めて、プーチン独自のように思われる彼の思考回路や、一見、突飛のように思われる行動様式の謎を解く重要なヒントが得られるだろう。

本書は、ロシアの地理、ロシア人の性格、ロシアの政治、外交、軍事、社会といった側面から、ロシアという森を網羅的に捉え、プーチン率いるロシアの動向を探っていく構成になっている。中でも、やはり歴史的、地政学的な要因が大きい。ロシア人は魂の無法者であり、何よりも混沌を恐れるがゆえに、国に統一と安寧をもたらす巨大な力が要請され正当化される。強い力は畏怖され尊敬され、逆に弱い力は馬鹿にされ軽蔑される。力を持っているものに服従し、力のない弱いものを従属させるのは当然である。そのため、ロシア人は、隙さえあれば自分たちに襲いかかろうとしている外部諸国に劣等感を抱いている。善意によって差しのべられる友好の手というものを信じようとせず、なにか巧妙な落とし穴のようなものが隠されているのではないかと疑う。あるのは闘いのみ。だから、闘いの姿勢を示すと彼はかえって安心することになるという――。かつてチャーチルは「ソ連の行動は謎の中の謎に包まれた謎」と評したそうだ。いまやソ連という国はないが、ロシア人は残っている。日本の外交にも強い影響力を与えるロシアの行動を読み解くのに、うってつけの一冊と言えるだろう。


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