近世と呼ばれた時代、世界中に植民地を有したことから「日の沈まぬ国」との異名とともに世界に君臨したイギリス。海洋覇権国家として台頭してきた背景には、産業の発展に努め富国強兵のもと世界戦略を練り、周辺国との乾坤一擲の勝ち抜き戦に打ち勝ってきたことがあると誰もが思うところであろう。大筋では間違っていないものの、イギリスの台頭を支えたのは正規の軍隊ではなく、海で略奪や強盗を行う「海賊」であった。このいわば“ならず者”たちがいかにしてイギリスの国運を担い、そして後の世界史的な意義をつくりあげていったのか。獨協大学教授の竹田いさみ氏が、海賊がイギリスに対して果たした役割や、彼らが礎となった貿易システムなどを解説する。
「パイレーツ・オブ・カビリアン」「ONE PIECE」などの作品では英雄として描かれ、その勇敢で冒険心あふれる姿にロマンすら感じる人も多いだろう。だが、実際の海賊は、昨今のソマリア沖やマラッカ海峡におけるそれを思い起こせばわかる通り、国際問題となるほどの厄介者でテロリストと同列に語られることが多い。それはもちろん、いまも昔も同じこと。つまり、イギリスの隆盛を支えた海賊も英雄などではまったくなく、財宝をたっぷり積んだ他国の船を見つけては略奪の限りを尽くす暴漢そのものだったのだ。当時、海洋貿易でスペインやポルトガルの後塵を拝していたイギリスは、国を挙げてフランシス・ドレークらの海賊行為を支持。そのスポンサーには、貿易業者や金融業者などのほかに、エリザベス女王も加わっていた(出資金額は断トツ)。
財宝を満載した他国の船を略奪するとともに、高性能な帆船を次々に拿捕していき老朽帆船と取り替えることで、船団の新陳代謝を図り海軍力を増強していったイギリス。こうした海賊行為に怒り心頭に発したスペインが無敵艦隊を編成し攻め上がるも、ドレークの活躍により撃退。スペインとの抗争はこの後も続くが、イギリスは貿易立国として大きく舵を取ることとなる。
エリザベス女王がさらなる国力の増強を目指して資金獲得の源泉としたのが、「海賊に盗ませた略奪品を転売すること」「大物の海賊とタイアップした黒人奴隷の密輸」「貿易会社の設立と海外貿易」であった。まず黒人奴隷の密輸は、当時市場を牛耳っていたポルトガルの貿易船を略奪し、カリブ海のサトウキビ農場に売り飛ばすというやり方で事業を拡大。また、貿易会社とは言うまでもなく東インド会社のことであり、スパイスやコーヒー、紅茶などの嗜好品を中心とした貿易で、イギリスは圧倒的な存在感を放っていく。その礎となったのが海賊なのである。
いくらロマンスを感じると言っても、海賊は海賊。他人の資産を非合法的にぶんどる犯罪者である。イギリスの歴史教科書では英雄と崇められているドレークにしても、スペインやポルトガルからしてみればただの無法者。この無法者にいいようにしてやられたという後ろめたさはあるかもしれないが、横取りされた資産によってイギリスが覇権国家にのし上がった事実に対してはやりきれないものがあるだろう。とは言っても、これが歴史なのである。名君や名将、大宰相が颯爽と登場する歴史教科書の裏側には、海賊のような“ならず者”が大暴れしていたりする(彼らが教科書に載る際はたいてい神格化されているが)。歴史を知る、つまり色付けされた教科書には載っていない真実の歴史を知るということは、こんなにも意外性に満ちていてそれでいて整合性のつくエピソードで満ちている。「歴史はおもしろい」とはこういうことなのだろう。