ローマ法王に米を食べさせた男

高野誠鮮

石川県羽咋市の神子原地区は、かつて1000人以上いた人口が半減し、住民の半数が65歳以上という限界集落。過疎高齢化に悩む他の地域同様、このままでは農業が途絶するどころか、住む人がいなくなってしまう危機に晒されていた。この現状を救ったのが、のちに“スーパー公務員”と呼ばれることになる高野誠鮮(じょうせん)氏。高野氏がいかにして神子原のブランド化に成功したのか、その奮闘と氏の人生哲学を追う。

上司に対しても遠慮なく物を言う性格から、役所の鼻つまみ者的存在だった高野氏。だが、マスコミを利用した巧みな宣伝戦略で神子原の魅力を国内外に発信し、村を一大ブランド生産地として売り込みに成功する。氏がやったことは、都会の若者に農家での生活を体験してもらったり、棚田のオーナー制度を設けたり、直売所をつくったりするなど、割と他地域でも取り入れられている手法ではある。しかし、ほかと違うところは宣伝と心理戦を駆使している点だ。生活体験をさせるにも事前に宿泊先を決めるのではなく、体験者自身に農家を一軒一軒当たらせ自分で世話になる農家を決めてもらう。生産品を売り込むにも、まず北海道や九州など遠い地域から宣伝をかけ、遠隔地から来てもらうことで話題性に弾みを付ける。こうした戦略は単なる思いつきではなく、かつてテレビ業界で働いていた頃に身につけたセンスと、熱意に裏打ちされた七転び八起きの精神から生まれたものであることに間違いない。

そうした中で、やはり特筆すべきは神子原の米を売り込もうとした際、ローマ法王をはじめとする世界中のVIPに食べてもらうことを考えついたことだろう。こうしたことを実際行動に移すには、製品の品質(神子原米はその点問題ないが)が飛び抜けていることに加え、日本人が不得手とする後先恐れない行動力にかかっているのだが、高野氏は上司からの叱責などものともせずに実行。その結果、ローマ法王庁大使館から法王に献上するという手紙が氏の元に届いた。実際にローマ法王が口にしたかは記述されていないが、献上したという事実だけでも宣伝効果は抜群。神子原米は日本全国に知られることのみならず、フランスの有名レストランで使用されることも決まったのだ。

高野氏の挑戦はこれにとどまらず、「コスモアイル羽咋」建設に関わるUFO町おこし事業、農薬・化学肥料を使わない自然栽培への取り組みなど、一度の成功に慢心することなく無尽蔵のアイデアを惜しみなく出し羽咋市を盛り上げていく。そんな高野氏がたびたび口にするのが「可能性の無視は最大の悪策である」ということ。人間は非常に狭い経験と知識で物事を判断しがちなので、やりもしないうちから絶対できないと思い込まず、とにかく1%でも可能性があるなら徹底的にやってみろという考え方だ。高野氏は、アイデアが下地にあって初めて行動するのではなく、行動ありきでアイデアが後からついてくるということを訴えているのだ。

本書は、自己啓発本にありがちな、成功へのステップを項目立てて教え諭すタイプのものではない。高野氏が実際に考え行動したリアルな生き様が記されているだけだ。また、内容だけでなく、文体も面白い。「~してるんですよ」「~なんて考えられますか」など、高野氏の喜怒哀楽がこもった口調をそのまま文章にしたのだろうと思われる書き方が、非常に効果的で氏の言動が直に伝わってくる。町おこしで頭を痛めている自治体関係者のみならず、自分自身を再プロデュースするきっかけを掴みたいと思っている方にも是非読んでもらいたい一冊だ。


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