ソニーで長年にわたって技術畑を歩み、CDやAIBOといった大ヒット製品を世に送り出してきた天外伺朗(てんげ・しろう)氏。大成功、挫折、上層部との衝突など、プロジェクトを成功へと導いていく過程において運命の大きな起伏に見舞われるうちに、あることに気づくようになる。それは、「運命には法則がある」ということ。運命というと、何やら神の配剤だとか人知を超えた神秘めいたニュアンスがあるが、それは決して偶然の産物ではなく、その流れとメカニズムを把握しさえすれば、好運をたぐり寄せることすらできるというのだ。天外氏が自らの人生において悟った、好運の女神を味方にする15の法則を開陳する。
チームが一丸となってひとつの目標に邁進し出すと驚異的な成果をもたらす現象、これをフロー状態という。我を忘れて、無我夢中で、という精神状態がチーム全体の士気を最大限にまで高めるというものだが、その動機は地位や金銭、名誉といった「外発的報酬」にあるのではなく、心の底からの喜びや楽しみの要求に基づいた「内発的報酬」にある。天外氏率いる当時の開発チームは、CDの国際規格という前人未踏の偉業を達成するため、物欲や名誉心といったエゴをかなぐり捨てて事業に没頭していた、つまりフロー状態にあったからこそ大成功を勝ち取ることができたのだ。ここでの教訓は、単にフロー状態が偶発的に発生したのではなく、その前提があったからこそ実現したということ。要するに、外発的報酬が第一の企業スタイルを捨て、開発者が真に夢中になれる環境(内発的報酬)をつくったからこその成功なのだ。このように、運命は神の気まぐれでも何でもなく、前提と経過、それに基づく大きな流れがあるスタンスで話が進んでいく。
本書は、全体的に上述の外発的報酬と内発的報酬の存在を大前提にしており、その過程でフロー状態(好運の到来)が訪れたり、失敗や挫折(悪運)が訪れたりすると説く。こう言ってしまうと、フロー状態は意図的につくれるのではないかと思ってしまうところだが、運命の底流には広大なる大河が流れており、その流れには逆らってはいけないとのこと。なら、いったいどのタイミングでフロー状態を目指せばいいのか戸惑うところだが、天外氏によると自ら運命の起伏を感じ取り、チャンスと引き際を見極める感覚が必要だという。運命をコントロールするには、それなりの人生経験と知見、直感を持ち合わせていなければならないというわけだ。
読み終わって、私なりに思い起こしたことがある。それは本書の第1章でも紹介されているが、「共時性」の存在だ。思いがけない偶然の一致、虫の知らせなどいろいろ定義はあるが、言ってみれば身近で起こりうる軽い超常現象とすれば説明が付くだろうか。私の場合、ずっと前に友人が忘れていった本がその後私が転職するきっかけになったことなど、思い返せばいくつかある。これを単なる偶然とか迷信だとか切り捨てる向きはあるが、天外氏はこの共時性の発見こそを、運命の法則を体感するトレーニングの第一歩だとしている。なるほど、こうした小さなことをも見逃さず運命に組み込んでいく考え方。自分自身の心の奥深くに流れる大河を垣間見たような読書体験となった。