あなたの中の異常心理

岡田尊司

人間は二面性を抱えた生き物だ。そうした本来的な二面性を理解せずに、無理に正しさだけを求めると、まるで逆のことが起きる場合もしばしばである。二面性をありのままに受け止められたとき、むしろ二面性はやわらぎ悪を求める心は力を失っていく。大抵の人は自分は正常だと思って生活しているが、ふと自分の影の部分に気づく瞬間もあるに違いない。影の部分にまるで気づかずに、自分に正しいことや良いことだけを課し続けると、思いもかけないトラブルに見舞われかねない。本書は、誰にでも潜んでいる影の部分を悪いこと、異常なこととしてではなく、人間の本質に根ざした一面として知ってもらうことを目的としている。それは、悪や異常さというものに対する見方を変えることとなり、また自分自身の中に潜む異常心理を自覚しておくことは自身を大きな破綻から守る安全装置となる。異常と正常の境目をつなぐような心理状態について知り理解することで、異常心理イコール精神障害ではなく、自分を見失わないためのバロメータとなるのだ。

身近で見られる心理状態で、正常心理としても認められ、また極めつけの異常心理にも通じるのが、完璧主義や潔癖症といった完全性や秩序に対する脅迫的なこだわりである。この完璧主義は諸刃の剣であり、達成されている間はよい成果を生み出すが、困難な状況に置かれると強い病理性が発現することがある。完璧主義の人は、予定されていたものとの同一性を実現することを最大の目的としている。その反復強迫はそもそも何のためのものかは重要ではなく、同一性を反復することこそ根源的とも言える衝動だ。仕事中毒、過食と嘔吐の反復、ダイエット、自傷行為や虐待、アルコール依存などの背景には反復強迫がある。したがって、完璧な自己を求めるという試みは殊勝ではあるが、その実、苦しみばかりだ。むしろ完璧ではない、不完全な自分、不遇なときに耐えられる強さこそが求められるのだ。

本書はほかにも、さまざまな側面から異常心理の深淵を追っていくが、著者の岡田尊司氏は異常心理から汲み取れる人間の根源的な欲求とは何かを問いかける。それは端的に、自己を保存しようとする欲求と他者から承認や愛情を求める欲求だという。それが損なわれるとき、病的な自己目的化や自己絶対視に陥って、出口のない自己追及に入り込むか自己分裂を起こすしか自己を保つ術がなくなってしまうのだ。閉鎖回路に陥らないためには、狭い価値観やひとつの視点にとらわれ過ぎないこと、他者との相互的な関わりを保つことがカギを握る。現代社会においては、グローバル化や格差拡大の中で、誰もが他者の痛みから目を背け、自己目的化と自己絶対視の砦に逃げ込んでいるという現実がある。まずは気づきを得ること。本書がそのきっかけとして、大いに役立ってくれるだろう。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です