天神

小森陽一

共に航空自衛隊の戦闘機乗りを目指す坂上陸と高岡速。目標は同じではあれど、航空学校出でお調子者の陸と、防衛大学校を首席で卒業した自負と孤高を貫く速は、人格的に相容れない不倶戴天の仲。さらに、飛行操縦技術でも雲泥の差があり、つねに成績優秀な速に比べ、なんとかボーダーライン上で教習課程をすり抜けている陸であった。

だが、そうした状況も、速が訓練過程で犯した操縦ミスが原因で一変してしまう。基地に不時着し、一命は取り留めたものの、長期の入院を余儀なくされたことでエリートコースから脱落し、さらに訓練の遅れを取り戻すために陸と同じチームに配属されることとなった速。「国を守りたい」。戦闘機乗りになりたい理由を反芻する速であったが、その守りたいものが本当は何だったのか、次第にわからなくなっていく。

一方、ジェット機での訓練過程に入り、めきめきと頭角を現わしていく陸。その技量は教官たちでさえ感嘆するほどであり、速のそれをも確実に上まっていくのであった。そんな陸の上達ぶりに歯噛みする速は、いつしか十数年前に飛行訓練中に墜落死した生徒とその教官のニュースを重ね合わせる。そして、ある日、その教官こそが陸の父親であるという確信をつかむのだった。

自分こそが教習所卒業に最も近い男だ。そう信じて止まない速は、激しい焦りとプレッシャーに悶えながら、かつて揺るいだことすらなかった自尊心を捨ててまで、陸に対して敵愾心を剥き出しにしていく。その結果、取り返しの付かないことになってしまうことも知らずに。

がむしゃらで無鉄砲な主人公に対し、クールで超エリートなライバルという非常にわかりやすい対立構造。陸が穏やかで協調性抜群な性格なため、互いに牙を向き合うというシーンこそないが、いがみ合っていた両者が大ピンチを機に葛藤を乗り越え、ラストで歩み寄りを見せる王道パターンには、ある読者は充実した安心感を得るだろうが、ある読者には食い足りなさが残るに違いない。

この場合、両極端なふたりのどちらにより感情移入できるか、という点が焦点になってくるわけだが、私が共感できたのは速のほうであった。私自身、エリートではまったくないが、やはり、ずっと長い間信じ続けてきたもの、守り続けてきたものが瓦解していく懊悩を味わった速の気持ちはよくわかる。そして、その直後に取った行動についても理解できる。大人(社会人)として問われるのが、自分を追い越した相手にどう接していけるかであろうが、この点に関しては小説どおりにはいかないと思ってしまうところが私の器の小ささゆえであろう。


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