下町ロケット

池井戸潤

東京都大田区にて、小型エンジンの製造開発に取り組んでいる佃製作所。元宇宙工学エンジニアである佃航平社長を先頭に、最先端の技術力とたゆみない熱意を傾けて開発したエンジンは、取引先から高い評価を受けており、下町の中小企業といえども順調に販路を広げ安定した経営を続けてきた。そんな中、大口取引である京浜マシナリーから取引停止の一報。これで佃製作所の財務状況が一気に揺らぐ事態に陥ったと思ったら、今度はライバル企業であるナカシマ工業からは自社製品の特許を侵害しているとの疑いで提訴される。しかも、知財関係においてピカイチの腕前を誇る弁護団を引き連れている。特許を侵害しているのは明らかにナカシマ工業のほうなのだが、彼らが提訴した目的は時間をかけてじわじわと佃製作所を骨抜きにしていく法廷戦略にある。

京浜マシナリーとの取引停止による財務の穴と、ナカシマ工業から訴えられたことによる信頼性の低下。あともう一歩のところで勝ち得ていたメインバンクからの融資も宙ぶらりんとなり、このままでは粗利では黒字でも営業赤字の佃製作所の首を締めつけていくことになる。これに、取引先の減少と万一敗訴した場合の損害賠償を考えると、佃製作所の命運はぷつりと途切れてしまう。いや、それ以上に、エンジニア魂の塊である佃が“夢”としている宇宙への思いを実現する研究開発費に回す金がなくなってしまう。

途方に暮れる佃であったが、元妻から紹介してもらった敏腕弁護士のおかげで、ナカシマ工業との裁判は和解に持ち込むことができ、しかも逆提訴した案件が奏功し多額の和解金を手にすることができた。事実上の勝訴で沸きに沸く佃製作所であったが、その背後を恨みとも妬みともつかない視線で睨まれていることはまだ知らなかった。日本を代表する超一流企業、帝国重工だ。藤間社長肝煎りの新型ロケット計画「スターダスト計画」の研究開発に邁進していたのだが、思わぬところで計画が頓挫しそうになってしまう。帝国重工の粋を集めて完成させたバルブシステムであったが、それと同じシステムは一足先に特許出願されていた。その特許を持っているのが、佃製作所であった。

基幹パーツは内製化、つまり自社製品にこだわる藤間社長の強い意向のもと、スターダスト計画担当の財前部長が佃製作所を訪れる。用件は、特許を譲ってほしい、それでダメなら独占使用契約を結ばせてほしいというものだ。提示された金額に心揺れる佃であったが、数日悩んだ末、自身が佃製作所の社長になる前に開発者としてロケットにかけていた夢を思い返し、佃製作所が製作したバルブシステムをロケットに積んで飛ばしてほしいと切り返す。佃製作所にとっては製品供給、帝国重工にとっては外注だ。この商談がもとで、両者の内部で激しく意見がぶつかり合う。佃製作所では特許を使わせれば黙っていても金が入ってくると強く主張する営業サイド、帝国重工では断固として内製化にこだわる藤間社長。佃の意地はもちろん、彼を取り囲む社員たちからの反発、背信、保身、下克上など、リアルな感情の変遷が描かれていく。

ドラマ「半沢直樹」の原作者ということで、今回初めて池井戸潤氏の本を手に取った。なるほど、実際の企業取引のノンフィクションかと思えるほど重厚なストーリーに加え、すべての登場人物の性格描写が実に生き生きとしていてわざとらしさが一切感じられない。「半沢」でも活写されていた劇画チックなやり取りは健在で、わかりやすい善悪関係の中、敵役をバッサリとやり込めていく展開からはページをめくる手が止まらなくなる。特に、超一流の帝国重工を相手に、一歩も引かないで佃製作所のプライドを押し通していく佃のきっぷの良さには心がスカッとするものを感じる。池井戸氏自身、元銀行員とのことで在勤時は相当辛酸をなめさせられたのかななどと邪推してしまうのも自然の成り行きというものだろう。

この作品で注目すべきは、華々しいラストシーンではない。作中で怒鳴り、泣き、笑う、佃をはじめとする登場人物の一挙手一投足に他ならない。社会では完全に負け組の私ではあるが、いやだからこそ、この作品を単なる小説やフィクションとして位置づけてしまうのはあまりにもったいない気がするのである。


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