知の武装: 救国のインテリジェンス

手嶋龍一・佐藤優

インテリジェンスとは、国家の舵取りを委ねられた指導者がその命運をかけて下す決断の拠り所となる情報を意味する。よくマスコミが「予期せぬドラマ」「世紀の大逆転」などと大げさな見出しを掲げて報じるニュースの背景には、こうしたインテリジェンスを駆使した国と国とのやり取りがあったと見ていいだろう。たとえば、2013年9月にブエノスアイレスで行われた、2020年夏季オリンピック開催地決定を決める最終投票。当初、東京、イスタンブール、マドリードの3都市での大接戦が予想されていたが、蓋を開けてみれば東京の圧勝だった。これはもちろん日本のオリンピック招致委員会の努力の賜物であるのだが、この最終投票に先立って発表された日ロ首脳会談開催が大きな意味を持っていることを知る人は少ない。スノーデン事件により米ロ関係が険悪化していたにも関わらず、またロシア国内で成立した同性愛宣伝禁止法が欧米からバッシングを受けていたにも関わらず、安倍総理はプーチン大統領と会う決断をした。これによりロシア側の3票を得ることができたと考えれば、安倍総理はインテリジェンスを相当意識した外交を繰り広げていると言うことができる。

こうしたインテリジェンスの取り扱いがいかに世界を動かすかをいみじくも顕現させたのが、いましがた触れたスノーデン事件だ。これは、CIA元職員の彼が、米国家安全保障局(NSA)が極秘に大量の個人情報を収集していたことを告発した事件のことだが、これが本国のアメリカだけでなく全世界、特に、アメリカ、ロシア、中国という屈指の大国を巻き込んだ一大事件となったことは記憶に新しい。この事件のもう一人の主役がプーチン大統領なのだが、KGBで辣腕を振るった彼の口癖が「元インテリジェンス・オフィサーなど存在しない」ということ。ひとたびインテリジェンス機関に奉職した者は、生涯を通じて諜報の世界の掟に従い祖国に身を捧げるべきだという意味で、彼はスノーデンの行動を歓迎しなかった。だが、プーチンはスノーデンに対して冷ややかな態度を取りながらも亡命を受け入れ、アメリカを人道的側面から攻撃するダシに使った。この後、米中首脳会談でアメリカが中国のサイバー攻撃を強く避難できなかったことにつながり、シリア情勢をめぐってアメリカの面子を丸潰しにすることとなったのだ。「子豚は毛を刈り取られると、ブヒブヒとたくさん鳴くが、刈り取られる毛は少ない」。これはプーチンの言葉だが、ここでの子豚がスノーデンのことを指していることを考えると、彼の言わんとすることが自ずと知れるというものだろう。

また、日本をはじめとする世界の主要国は「帝国」の形態を取らなければ生き残れないという主張も飛び出す。帝国と言っても、日本に新たな植民地争奪戦に参入せよということではなく、外部領域を確保せよということ。それが沖縄だ。沖縄では天皇信仰が土着しておらず、歴史の世界をめぐる物語が違うし、自己認識も違う。そういった異質な空間を包摂できる一種の包容力を内に秘めているのが帝国なのだという。帝国とは外の力を自己に吸収して初めて生き残れるものであるため、沖縄という本土とは異質な文化を持つ外部領域とうまくやっていくためのノウハウを身につけないと大変なことになると警告する。だが、沖縄が異質なものを蔵する地域であることを認めるしなやかな感性が政治指導部から喪われており、本土と沖縄の乖離がますます広がってしまっている。やがてこの議論はTPPが持つ意義へと発展する。

このほか、飯島勲内閣官房参与の訪朝、鳩山由紀夫のイラン訪問、尖閣問題など、具体的な事例を挙げ、その背後で激しく飛び交っているインテリジェンスのぶつかり合いを紐解き、また生きたインテリジェンスの深層にも迫る。手嶋龍一氏と佐藤優氏という超一流のインテリジェンス・オフィサーの対談ということで、テレビや新聞では表層しかなぞらないニュースを奥深くまで掘り下げ、それが世界に与える影響ならびに将来起こるであろう事象をも喝破していくさまは大変読み応えがある。中には賛同できない主張もいくつかあったが、それは私がニュースの上っ面だけで判断して感情的になり、深奥を読み解くエッセンスを持ち得ていない証拠なのだろう。とても勉強になった。


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