国家においては、政治も軍事も経済も科学技術も、あらゆる力を総合しなければ生存できないのだが、いまの日本は世界からズレている。ズレた日本に暮らす私たち日本人は、あらゆる力を使って生き延びねばならない。とりわけ情報力、分析力といったインテリジェンス能力が個人にとっても重要になってきている。尖閣諸島や集団的自衛権、慰安婦問題といった日本に直接関わる事柄だけでなく、ウクライナ内戦やイスラム国の台頭をはじめとした世界の動きと関連付けて世相を捉えていくことが欠かせなくなっている。インテリジェンスの碩学、池上彰氏と佐藤優氏が、縦横に論じ合う。
今後の世界を占う上で重要となってくるのは、何と言っても宗教と民族の問題だ。「核兵器が作られて以来、クラウゼヴィッツは無効になった」「核兵器は人類を滅亡させるところへ行き着くから、もう大国間の戦争はなくなった」。こうした言説がつい最近まで幅を利かせていたが、人類には核を封印しながら適宜戦争をするという文化が新たに生まれてきていると分析。この傾向に背景に民族または宗教の問題が介在していることは昔から変わらないが、現代は特に顕著だという。これに加え、新自由主義的な経済政策による格差の問題が、火に油を注ぐ。スペインのカタルーニャ地方やバスク地方などが分離独立を動きを見せていることからも明らかだ。
また、「遠隔地(遠距離)ナショナリズム」という概念も忘れてはならない。これはルーツである国から遠く離れた国で暮らしながら、行ったこともない自分たちの国を歴史を学び、心の祖国を大切にしたいというナショナリズムのことだが、在米韓国人による慰安婦像設立運動を例にとればわかりやすいだろう。ナショナリズム論のベネディクト・アンダーソンが「このナショナリズムは生真面目なものではあるがしかし根本的には無責任であるような政治活動を生み出す」と言っているように、この現象は日韓間だけでなく、アメリカとアイルランド、カナダとウクライナにも存在する。いま起きている民族問題は過去に克服したはずの古い問題なのだが、国民国家神話の復活により、姿を隠して眠っていたナショナリズムがまた噴き出してきているのだ。
本書は、こうした観点を軸に、中国、ヨーロッパ、中東、朝鮮半島、アメリカで起きている問題を、池上、佐藤両氏が語り合うというものだ。基本的に、佐藤氏がトークをリードし、池上氏が補足していくという流れになっているが、インテリジェンスを総論、各論に沿って解説する学術書的なものではないため、構えることなくスラスラ読める。すごいのは、各国で起きている問題の背景にある歴史や民族についての情報が当たり前のように両氏の口をついて出てくることだが、インテリジェンスを意識して活動している人にとってはそれこそ当たり前のことなのだろう。これをただの読み物として捉えるか否か。それは読んだ人のインテリジェンス意識にかかっていると言えるだろう。