イスラム化するヨーロッパ

三井美奈

中東・北アフリカ系移民2世、3世をはじめとした欧州人が、中東に渡り、アル・カーイダやイスラム国に参加するケースが増えている。彼らにはいくつかの共通点がある。その多くは定職がない、イスラム教に帰依する前は軽犯罪に手を染めた不良だった、中流家庭で生活には不自由していない、イスラム移民であっても宗教戒律にこだわっていない家庭で育った、などだ。そうした欧米生まれの過激派が、シリアやイラクでテロ活動に加わった後、祖国に舞い戻ってくると、地雷のような存在となる。アラブ人テロリストと異なり、母国のパスポートを使って人目を引かずに動き回ることができるからだ。怖ろしいことに中東帰りでなくとも、欧米に住みながら過激思想に覚醒し、自分が育った社会に刃を向けるものもいる。渡航歴にかかわらず、祖国を標的とするテロリストたちは「ホームグロウン・テロリスト」と呼ばれる。彼らの存在がいま欧米社会を震撼させている。

このホームグロウン・テロリストが引き起こしたのが、2005年のロンドン同時多発テロだ。3件の地下鉄爆破に1件のバス爆破、52人が死亡し負傷者は700人を超えた。1時間で計4件の連続爆発により、通勤で混み合うロンドン中心部はパニック状態に陥った。事件発生から5日後、4人のイスラム教徒が自爆犯だということが判明。だが、4人ともこれといった犯罪歴はなく、アル・カーイダとの関係もはっきりしない。「勝手に過激化した」としか表現しようのないホームグロウン・テロリストだった。脅威は欧州一円に広がる。2004年のマドリードでの列車同時爆破テロ、同じく2004年、アムステルダムでイスラム社会の女性抑圧を告発した映画監督が暗殺、2012年には南仏トゥールーズと近郊でユダヤ人学校や仏軍兵など7人が殺害、2015年デンマークでシナゴーグが襲われ7人が死傷。これらの事件の犯人は、それぞれの国で暮らしていた中東・北アフリカ系移民だった。

これを受け、欧州各国政府は、テロ訓練を受けることを目的とした渡航を禁じる法律を制定するなど対策を講じるが、効果的な解決法は見えてこない。イスラム教徒の女性がかぶるスカーフの問題ひとつとっても相互理解への道程は遠い。そんな中、2015年1月、パリでシャルリー・エブド紙襲撃事件が起きる。ムハンマドの風刺漫画を掲載したシャルリー紙本社に、覆面をした武装犯が襲撃し、編集長や漫画担当者、警察官ら17人が殺害された事件だ。この時の犯人も、フランスの移民社会に生まれ育ったホームグロウン・テロリストだった。これを機に、イスラム過激派とは相容れない「自由」という価値を守るためフランス人が団結した。テロに抗議し「表現の自由」を訴えるデモ行進がフランス全土で行われ、参加者は370万人にも上ったという。デモ参加者の多くが「私はシャルリー」というプラカードを持っていたことは日本でも報じられた。フランスでは同年11月にも、競技場や劇場などで129人の犠牲者が出た自爆テロ事件が起きている。

こうした情勢の中、欧州各国では、移民排斥を訴える政党が大きく支持を伸ばしている。その急先鋒となっているのが、マリーヌ・ルペン率いるフランスの極右政党「国民戦線」だ。移民との同化を推進してきたフランスでこうした動きが活発になっていることは注目せねばならず、さらには、移民に寛容だった北欧でも同じ動きが生まれてきている。果たして欧州は、移民との共生に光明を見出すことができるのか、それとも内なる敵との戦いに巻き込まれていくのか。移民受け入れが俎上に上がっている日本も他人事ではない。


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