年間150万人が自己破産者となる国、アメリカ。自己破産の理由のトップは「医療費」だ。アメリカには日本のような「国民皆保険制度」がなく、市場原理が支配するため薬も医療費もどんどん値上がりし、一度の病気で多額の借金を抱えたり破産するケースが珍しくない。国民の3人に1人は、医療費の請求が払えないでいるとのことだ。民間保険は高いため、多くの人は安いが適用範囲が限定された「低保険」を買うか、約5000万人いる無保険者の1人となり、病気が重症化してからER(救急治療室)にかけこむ羽目になる。最先端の医療技術を誇っているはずのアメリカでは、毎年45000人が適切な治療を受けられずになくなっていく。大半の労働者は雇用主を通じた民間保険に加入するが、利益をあげたい保険会社があれこれ難癖をつけて保険金給付を渋ったり、必要な治療を拒否するケースが多い。医療破産者の8割は保険加入者が占めているという驚きの現実がある。
この状況の中、オバマ大統領は「もう誰も、無保険や低保険によって死亡することがあってはならない」と宣言し、2010年3月、アメリカ版皆保険制度の根拠となる医療保険制度改革法「オバマケア」に署名した。これにより、保険会社が既往症を理由に加入拒否したり、病気を理由に一方的に解約することもできなくなる。また、加入者に支払われる保険金総額の上限を撤廃する一方で、医療破産を防ぐために患者側の自己負担額には上限が付けられた。収入が低ければ一定額の補助金が政府から支給され、従業員50人以上の企業には社員への保険提供を義務化、公的医療の「メディケイド」枠は拡大される。高額な医療費や保険で苦しむ国民にとってはいいことずくめだった。実際、オバマケアは国民から歓呼の声をもって迎えられた。
本書は、そうした夢のようなオバマケアの実態により奈落の底に突き落とされた人たちを実例で紹介している。ジョージア州のとある夫婦のもとに1通の手紙が届いた。そこには、これまで加入していた保険のプランがオバマケアの条件を満たしていないことを理由に廃止されることが告げられていた。これにより夫婦は無保険となってしまうが、夫は「皆保険なんだからより多くの人が加入すればその分一人ひとりの保険料が安くなる」と言って妻を励ました。だが、妻が相談センターに行って新しい保険を探しに行くと、これまでと同じ内容の保険を買う場合、月々の保険料は2倍となってしまうことがわかった。さらに、処方薬が一回の処方ごとに定額払いだったのが、種類によって毎回薬代の40%が自己負担になるということだった。薬価の高いアメリカでこれは大きな自己負担額になる。しかも、保険料が高額なことを理由に保険加入をしないでいると国税庁に罰金を支払わねばならないという。このほか、「がん治療薬は自己負担、安楽死薬なら保険適用」、「自殺率1位は医師」「手厚く治療すると罰金、やらずに死ねば遺族から訴訟」など、オバマケアにまつわるアメリカ医療界の現実が包み隠さず綴られている。
これは決して対岸の火事ではない。2013年12月の会期末、国家戦略特区法が成立した。国家戦略特区法とは、特定の地区で通常できないダイナミックな規制緩和を行い、企業が商売をしやすい環境を作ることで国内外の投資家を呼びこむという内容だ。特に、国際医療拠点における外国人医師・看護師の診察や病床規制緩和などの中で、もっとも重要視されているのが「保険外併用療養の拡充」。いまの日本では歯科など一部でしか認められていない混合診療を拡大することで、価格を自由に決められる新薬や医療行為が増え、特区内での医療費は高騰していくことになる。その結果、周辺地区でも特区内と同じ治療への需要があがり、国民皆保険制度が形骸化していくことが予測される。日本の医療は社会保障の一環として行われており「公平平等」という基本理念が横たわっているが、アメリカでは「ビジネス」という位置づけであり市場に並ぶ「商品」のひとつでしかないのだ。WHOが絶賛し、世界40カ国が導入している日本の国民皆保険制度が、巨大な資金力をバックにしたグローバリストによって激しい攻勢をかけられている。私たち日本人は、この素晴らしい制度を守りぬくこと以前に、これまで空気のように当たり前にあるものを当たり前と思わないようにする気づきを得なければない。