「アラブの春」の正体 欧米とメディアに踊らされた民主化革命

重信メイ

のちに「アラブの春」と呼ばれる、北アフリカ・中東で起こった一連の「革命」の発端は、チュニジアの青年が図った焼身自殺だった。大統領の親類縁者のみが裕福な生活をしているという不公平な社会状況の中、大学を卒業しても就職できなかった彼は露天で野菜を売る日々を送っていたが、ある日役人にすべての商売道具を没収された挙句、屈辱的な行為を受けてしまう。怒りに打ち震えた彼は自分の体に火をつける。そのシーンは現場に居合わせた人たちによって撮影され、映像は瞬く間にフェイスブックやユーチューブを介して拡散され、怒りを感じた人たちが自然と街に出て声を上げたり異議を唱えたりするようになった。これがチュニジア革命の最初の一歩となった。その動機は単に焼身自殺した彼への同情ではなく、生活レベルでの不満、政府高官や公務員の腐敗、政府の外交に対する不満など、かねてから積もり積もっていた不満が、アラブ社会では一般的ではない焼身自殺が引き金となり爆発した格好となった。このチュニジアの革命はのちにジャスミン革命と呼ばれ、300人を超える死者を出したものの、23年間君臨し続けたベン・アリー政権を崩壊させ、チュニジア初となる議会選挙が行われた。

次に注目されたエジプトの革命はジャスミン革命の連鎖によるものという見解があるが、実情は異なる。エジプトでは2006年から頻繁にストライキが起きており、腐敗したムバラク政権に対して抗議の声を挙げていた。そんな中、警察官の麻薬取引の現場を撮影した男性が居場所を警官に突き止められ、殴る蹴るの暴行を加えられた結果、死に至らしめられてしまった。この事件がフェイスブックやツイッターで拡散され、またジャスミン革命の追い風を受け、いつしか100万人規模のデモとなって交通網を麻痺させた。エジプトの中枢である軍も政権を見限り、ついにムバラクは退陣することとなった。このエジプトをはじめ、チュニジアでもそうだったのだが、革命後の選挙で勝ったのが「ムスリム同胞団」系の候補者であった。ムスリム同胞団とは組織というより一種のムーブメントであり、その特徴としてスンニ派の宗教指導者が作ったドクトリンに基づいて行動し、イスラエルとは友好的な関係を維持するとしている。アラブ社会において激しい拒絶感の対象となっているイスラエルを敵視しないことと、そのイスラエルと蜜月関係にあるアメリカの存在を考えると、何やら作為的な思惑が浮かんでくる。

本書はほかにも、リビア内戦、アラビア半島諸国への影響、そしてシリア内戦について詳述されており、アラブの春をめぐる一連の流れが細かく丁寧に描かれている。ところで、チュニジアから始まったこれらの革命の発端となったのは、社会に対して積もり積もっていた民衆の不満が爆発したことが原因なわけだが、とりわけイスラム社会では腐敗が起こりやすいシステムとなっているようだ。イスラム社会は伝統的に封建主義的であり、領主がいて富と権力が集中する構造は「喜捨」という良い面に生かされはしたが、やはり特定の人にお金と権力が集まって自然発生的に腐敗が生じるというシステムが固着してしまったという。また、衛星放送アルジャジーラが独裁者カダフィを印象づける報道に終始したように、メディアが反政府側に立って革命を成功させる原動力となったことは見逃せない。同じことは、シリアのアサドを悪者に仕立て反政府勢力が正義であるかのような報道をしたことからも読み取れる。本書は単に革命を時系列で追うだけではなく、私たちの認識とは異なる現実、報道の裏に隠された思惑、そしてイスラム教の宗派や文化などが簡潔にまとめられていてとても勉強になる。近年のイスラム社会がどのようなうねりに晒されていてどこに向かおうとしているのか。テレビや新聞の報道では知り得ない現実がうかがえる一冊だ。


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