著者で元海上自衛官の伊藤祐靖氏は、1999年3月22日の能登半島沖不審船事件が起きた日、北朝鮮の工作船を追うイージス艦「みょうこう」の艦上にいた。自衛隊発足以来初の海上警備行動が発令され、最大戦速で追尾しながら威嚇射撃を行うも、猛スピードで逃げる工作船は一向に停止する気配を見せない。だが、127ミリの炸裂砲弾を何発か繰り返し発射した末、工作船は突然停止した。伊藤氏は思わず「止まっちまった」とつぶやく。工作船内には拉致された日本人がいるかもしれない。そのため立入検査をしなければならない。航海長として立入検査隊員の下士官を送り出す立場にある伊藤氏の胸に、「行かせたくない」との思いが募る。拳銃すら触ったことのない隊員たちを、高度な軍事訓練を受けているに違いない北朝鮮の工作員との銃撃戦に晒すことになる。結果的に、彼らを送り出す前に工作船は逃走したが、このとき伊藤氏は日本も特殊部隊創設が急務であることを痛感する。
事件から9か月後、伊藤氏は特別警護隊準備室勤務を命じられ、自衛隊初の特殊部隊を海上自衛隊に創る立場に就いた。だが、日本に特殊部隊のノウハウがあるはずなく、伊藤氏は教官兼学生という奇妙な立ち位置で手探りでの船出となった。実戦配備は2年後とされ、それまでに特殊部隊員としての体を作り、知識、技量を会得し、特殊戦の現場指揮官としての指揮能力、作戦立案能力を身につけなければならない。できるだろうか。だが、やらなければ、銃撃戦の末に日本人を連れて帰ってこられるような人間にはなれない。始めてみると失敗が多かったが、米軍の息がかかっていないことは成功したことのひとつと言える。下士官のレベルがダントツで世界一という、日本人ならではの特性を生かした組織づくりこそが、組織全体だけでなく隊員一人ひとりのモチベーションの向上につながったという。そんな伊藤氏のもとに、艦艇部隊への異動の内示が下る。伊藤氏は、考えた末、自衛隊を退官。治安が不安定でつねに命の危険がつきまとう、フィリピンのミンダナオ島に向かう。
軍隊というものは、自己完結型の組織だ。震災のようにインフラが打撃を受けた場所に置いてでも、自分たちだけで活動ができる。輸送、通信、炊飯、補給、経理、医療など、直接戦闘行動に関係のない職種も多く保有しているからであり、彼らなくして継続的な戦闘行為は不可能である。そういった軍隊の中でも、敵陣に入り込み、孤立無援の状態でも自己完結して作戦行動を取ることができるのが特殊部隊だ。本書は、そうした特殊部隊を自衛隊内に創設することに携わった伊藤氏の半生を追ったものだ。特殊部隊のコンセプトや創設経緯をなぞっていくスタイルではなく、伊藤氏が、陸軍中野学校出身の父から受けた影響や、自衛隊勤務時に得た経験、そしてミンダナオ島で生きるか死ぬかのサバイバル生活を送っている中で痛感した日本という国の形について、痛いほどストレートに綴られている。伊藤氏が特殊部隊創設に懸けた想い。それは本書のタイトルに凝縮されていると言っていいだろう。