日本が全体主義に陥る日 ~旧ソ連邦・衛星国30ヵ国の真実

宮崎正弘

ソ連が崩壊し15の国に分裂してから四半世紀が経過し、その衛星国と呼ばれた15の国もそれぞれ独自の道を歩み出している。米レーガン政権が「悪の帝国」と呼んだ全体主義国家ソ連が潰えたことは「西側、自由主義陣営」の勝利と称えられた歴史的事件を経て、共産主義と決別した合計30の国は現在どんな路線を進んでいるのか。本書は、中国ウオッチャーの宮崎正弘氏が、足掛け3年をかけて自らの足で現地を取材し、政治経済はじめ庶民の生活ぶりまでをレポートするもの。訪れた国は、バルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)、南カフカス(アゼルバイジャン、ジョージア、アルメニア)、中央アジア(ウズベキスタン、カザフスタン、キルギスなど5ヶ国)、東欧(ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー)、ドナウ川下流域(ルーマニア、ブルガリア)、旧ユーゴスラビア諸国、モンゴルなどに渡る。

「全体主義」とはいったい何だろう。それは、自らが信じる絶対的な価値観しか認めず他者の考え方を否定し、排撃し、排斥する。ひとつの強固な考え方に基づいて全体を統一することだろう。敵対者には容赦がない。だからイデオロギー的な運動で言えば、共産主義も社会主義も全体主義であり、ヒトラーのナチスも、軍事独裁的なファシズムも、そしてキリスト教もイスラム教も一神教であるがゆえに全体主義なのである。全体主義とは結局イデオロギーなのであり、一神教であり、排外的ナショナリズムの狂気であり、生存への不安、焦燥、恐怖がある日、飢えや死から逃れようとして、狂気の行動を取る。ロシア革命、中国共産革命は大量の流血を伴って全体主義を産んだ。宮崎氏は、そうした全体主義を体験した国々をめぐりながら、国によって濃淡はあれど、旧ソ連時代の残滓として強く感じたという。

一国一国のレポートは、隅々まで見て回ったわけではなく数日間の滞在で得た所見となるが、そこは宮崎氏ならではのさすがの観察眼。政治経済だけに偏らず、観光地やレストランなどで感じた市況や生活レベルの所見がコンパクトにまとっており、とても興味深く読めた。また、ロシアや中国に関する深い知見を基に、各国の現在や今後を占っている面も見逃せない。ここで気になるのが、タイトルになっている「日本が全体主義に陥る」という指摘。たしかに、共産主義や社会主義が破綻したことで、全体主義という空気は過去のものとなりつつあるが(中国や北朝鮮など一部の国を除く)、グローバリズムの隠れ蓑に本質を隠して、現在も世界中に蔓延しつつあることを見落としてはならない。米国のトランプ現象、英国のEU離脱、オランダやフランスなどでの極右政党の躍進など、実は全体主義との戦いは目に見える形で進行している。日本もその例外ではないのだ。


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