取り戻せ!日本の正気

宮崎正弘

正気は「せいき」と読む。対義語は狂気ではなく邪気であり、日本の長い歴史の中で世が乱れると、その都度政治をまともな方向へ導くために現出する精神のことをいう。乱れそうになった皇統を正した和気清麻呂をはじめ、菅原道真、楠木正成、明智光秀、大塩平八郎、藤田東湖、西郷隆盛、三島由紀夫ら、日本史における救国の人物をピックアップ。度重なる国難を乗り切ってきた日本史のうねりをなぞりながら、現代を生きる日本人が取り戻すべき本来の伝統と精神について考察する。チャイナウオッチャーとして知られる宮崎正弘氏による入魂の一冊。

日本の若いカップルが子供を欲しがらない理由は育児が煩わしいとか貧困とかではなく、「大学までの教育費が高い」「夢がなく将来に不安があるから」と答えるケースが多い。もっと深刻な問題はそうした現象的なことではなく、また生物学的な原則や自然淘汰の摂理だけでもない。まして地球環境、公害、環境破壊などの要因で説明ができない。これは歴史の宿痾、精神を病んだ文明の過渡期的な特徴である。すなわち日本の未来が明るくないからである。「正気」が失われたからである。

国を形取る人間、つまり主権を持った国民が、プライドと精神的安定の拠り所とするのは、やはり国の歴史と、その歴史の中で育まれた伝統なのである。要するに、初対面の人でも軽く言葉をかわすだけで「あぁ、お互い日本人だな」と分かり合える、無言のアイデンティティのやり取りのこと。卑近な例で言えば、ちょっと肩がぶつかったくらいでも「すみません」と頭を下げ合って非を認め合うのが日本人であるし、それに対し、いきなり銃を向けてきたら日本人ではないし、その時点で日本的な解決策は望めない。宮崎氏は、本書の中でこうした日本的な伝統的価値観が脅かされるたび現れ、時代の精神を正気へと導いた歴史上の人物を列伝形式で取り上げ、その偉業を伝えるだけでなく、戦後失われた日本の伝統精神がこのまま日本を覆い尽くしてしまう亡国の危うさをも警告している。

米国がつくりあげた戦後体制により、日本は高度経済成長で生活が豊かになる一方、国防の本義を忘れてしまった。宮崎氏は「日本人は死からの逃亡を繰り返して精神を台無しにしたのである。明日死ぬかもしれないという戦争状態がなくなると緊張を失い、ハングリー精神を欠落させ、精神が萎える」と嘆き、それでも安倍政権の誕生により保守本流が復活したことで正気が回復しつつあると結ぶ。戦争状態がなくなる、昨今の状況で言うと中国の挑発に乗ることが直ちに日本精神復活とならないと思うが、数年前に比べて国難を国難と認識し危機感を抱く人が圧倒的に増えたのは事実だ。三島由紀夫のような決起がなくとも、現代技術が誇る高性能デバイスを使うことで歴史の真実を意図の簡単に知ることのできる時代となった。たしかに正気を導く指導者は必要かもしれないが、やはり正気を横溢させていくのはその時代を生きる国民一人ひとりにかかっているのだと感じた。


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