著者の北野幸伯氏は、あとがきにて以下のようなメッセージを読者に送る。「世界に誇れる自立国家日本をつくっていくためには、私たち自身がこの国の主権者として、世界の大局を理解し、日本を正しい方向に導いていく力を身に付けなければならない。日本の自立は、『私の自立から始まる』」と。たしかに、日本人はその勤勉さや礼儀正しさ、清潔さなどにより世界から賞賛の声を浴びており、途上国のインフラ整備などでも高い評価を受けている。しかし、その一方で、戦後植え付けられた自虐史観が抜けきらず、いまだ足枷を付けた非自立国家であることは変わっていない。加えて、民主党政権末期から安倍政権発足を経て、日本人がようやく自虐史観から脱却しつつある兆しは見られるものの、それでも激動する国際政治の中を泳ぎ渡っていくのに欠けている決定的なものがある。それが「世界的視野」「大局観」「歴史観」「自分と相手の利害」「プロパガンダを見抜く力」「国益」などだ。ロシア・モスクワに活動の拠点を置く北野氏が、日本人が信じきっている英米や欧州発の情報にとらわれない、クレムリン情報ピラミッドを加味しつつ、自立国家成立の前提となる「日本人の覚醒」のための秘策を開陳する。
世界の本当の姿を知るということは、起きた出来事を単語帳に書き写して暗記していくことではない。世界を動かしている「原理」を知ることだ。その原理はいくつかに細分化され得るが、ここでは「国家のライフサイクル」に注目したい。ここで言うライフサイクルとは、「移行期(混乱期)」「成長期」「成熟期」「衰退期」のことであり、ひとつの国家が成立から破滅にかけて必ず経験するプロセスのこと。たとえば、日本やアメリカ、欧州は成熟期にあり、中国やインドなどは成長期に分類される。私たちは、世界各国をただ単にカテゴリ分けするだけでなく、それぞれのフェイズにおいて蠢動している兆候を見極める必要がある。移行期から成長期へは政治経済が安定したとしてある程度楽観視できるが、問題は成長期から成熟期へのシフトチェンジ。近年の中国が顕著だが、経済が成長したことで賃金水準が上昇し、企業が中国から人件費の低い国へと移りだしている。これにより、中国経済の空洞化が生じて失業者が急増し、経済成長を盾に正当性を示してきた中国共産党の足元が揺らぐこととなり、中国人民の不満が革命という形で爆発する可能性が出てきている。中共が、他国(アメリカと日本)からの脅威を煽ることで人民の不満を逸そうとしていることからも、革命が起きるかもしれないという兆候を読み取ることができる。
こうした国家のライフサイクルから何がわかるかというと、その国が近い将来どのような動きを見せるか予測できるということだ。まず「その国のピーク(成長期の頂点)」を見定めることが重要となる。EUが新国家として再び成長期に突入することはありだろうか。それはない。EUは、イギリスやスペイン、オランダ、フランス、ドイツなど、かつて覇権国家(またはそのライバル国)として絶頂期を経験済みの成熟国の集まりだからだ。では、アメリカは、ロシアは、中国は、インドは、そして日本は。こうした各国のライフサイクルを見ていくと、その国がたどる道が把握でき、さらに重要なことに、今後日本が関係を緊密にしていくべき国が見えてくるのだ。本書では、ほかにも経済、情報、エネルギー、国益などの面からも世界の見方を詳述しているが、やはり世界というチェス盤の上で暴れ回る国家を見極めるという「大局観」が大事であることは、北野氏がこれまでの著作やメルマガで訴えている通りだ。
「情報を流す人。洗脳する人。支配者」「情報を正確に理解できる人」「洗脳されっぱなしの人。一般大衆」。日本人の多くはまだ3番目かもしれない。では、世界各国の一般大衆はどうなのだろうか。北野氏が学んだモスクワ国際関係大学では、「国益を達成するためには何をすべきか」という討論が毎日のように行われ、「世界の見方」「問題意識」「問題解決方法」を徹底的に叩き込まれるという。私も大学時代に国際関係の授業を受けてはいたが、そこでは単に教科書に記述された出来事を覚えさせるというだけで、大局観はおろか、これから世界はどう動いていくのかを教わる場ではなかった。こう考えてみると、日本人とロシア人、いや日本人と世界各国の一般大衆との間では「情報(あるいは世界的大局観)」への接し方に大きな開きがあるとしなければならない。「日本の自立は私の自立」。これは北野氏の慧眼というより、世界的に見れば実に当たり前のことなのかもしれない。