高校3年の桜山颯汰。部活動にも積極的に参加せず塾にもサボりがちという、怠惰な夏休みを過ごしていた。ある日、昼前に目覚めた颯汰は、外食するため駅前の商店街へ向かおうと自転車にまたがる。だが猛烈な炎暑のもと、次第に意識が朦朧としてきて自転車をこぐ足もおぼつかなくなってくる。そんな中、激しい耳鳴りを感じて立っていられなくなり、慌てて自転車を横倒しにして道路に座り込んでしまった。その瞬間、颯汰は気を失ってしまう。うっすらと目を開けてみると、自分がバーのような場所にいることに気づいた。視線の先にはカウンターがあり女性が丸椅子に座っている。バーテンダーの後ろには棚があり、そこには酒瓶ではなく本が並んでいる。颯汰はその女性に見覚えがあった。「保科希だ」。父が好きでよく見せられている映画のワンシーンに登場する女性で、しかもそこにいる人たち、セッティングも映画とまったく同じだ。「ここは、Ladybird……ですよね」。颯汰が恐る恐る聞くと、希からここは現実の世界だが一般には公開されていない秘密のバーだということを知らされる。さらに、ここで年に1回秘密の会が開かれており、今回はメンバーがひとり抜けてしまったため会を存続するかどうかの話し合いをするのだと、教えられた。
颯汰が運び込まれたバーは、商店街にある御堂書店の中に設置された門外不出の場所とのことだった。いまだ要領を得ない颯汰だったが、帰ると告げると、この会についての話を聞いてほしいという。話は30年ほど前に遡った。読書感想文大会のリハーサルに臨む、7人の中学生。それぞれバラバラの中学ということでよそよそしかったが、待ち時間になった途端、二階堂肇が全員に語りかける。「俺、みんなと秘密結社を作りたいんだ。どう?」。誰もが本気にしなかったが、肇は熱弁を振るう。「俺たち7人で、1人では持ち上げられないものを7つ運んだ。7人が1人の夢の実現のために集まってサポートしていったら、7つの夢は結構早めに叶うんじゃないか」。間違っていることは言っていない。「お互いの夢を全力で応援する。1人の夢の実現を全力で助ける。それを全員が夢を叶えるまで続ける」。続ける肇に、ひとりまたひとりと賛同していく。秘密結社の名前は「Ladybird」に決まった。そして彼らは年に1回集まることとなった。
今回、会の存続を話し合うこととなったのは、発起人である肇が死亡してしまったからだ。7人集まってこその会合だったのが、ひとり欠けたことで意味をなさなくなってしまったのではないか。これから重要な話をするというタイミングでバーを出た颯汰は、この一連の出来事を深く考えてみた。メンバーは、大物女優の希をはじめ、映画監督、小説家、銀行員、デザイナーなど、人生で成功していると思えるキャリアを築いている人たちばかりだ。Ladybirdはうまく機能しているとも思える。俺も秘密結社を作ってみようか。そう思った颯汰は、誰をメンバーにしようかと頭に思い描いてみる。真っ先に浮かんだのが、いまの塾の受講メンバーだ。その中には、同じ高校で彼女の凪早と、中学時代に水泳で一度も勝てなかった文武両道の山村風太がいた。だが、結社したとしてもリーダーになるのは自分ではなく、風太だろう。いやだ。頭を振った。その後、電話で凪早を捕まえて公園で会うことに。何気なく秘密結社の話を持ちかけるもやんわりと断られただけでなく、逆に別れ話を告げられてしまう。あまりに唐突で衝撃的な展開に声も出なくなった颯汰。相手は、あいつだ。考えたくもなかった。失意のうち帰宅すると、御堂書店から電話があったと知らされる。
「そうだ、俺たちが作りたいのは、誰かにぶら下がろうって考え方の弱い人間が集まる集団じゃない。一人ひとりが自分の力だけで他の人よりも大きなものを持てるだけの力を磨いた奴が集まる強い集団なんだよ。それを作ろうぜ」。颯汰が自分以外の誰かの力を借りて、一人の力で乗り切るのが大変な壁を楽に乗り越えるために秘密結社を作ろうとしたのに対して、肇はひとりで乗り越えるのが大変な壁を乗り越える力を自分につけることで、そうやって集まった7人でなければ実現できないような大きな夢を叶えるために秘密結社を作ろうとしていた。そして、秘密結社というのは、一人ひとりが自分の人生で叶えたい目標に向けて、本気になるためのきっかけに過ぎなかったということを知った。リーダーの考え方の差は、そのままそこに集う人間の人生の差に直結するのだ――。読み始めたときは、よくある思春期向けの自己啓発書だと思っていた。仲間内で気持ちをひとつにすれば何でも実現できるという、よくある精神論に終わるのだろうと思っていた。だが、中盤からLadybirdメンバーが会を語っていくうちに、思春期をとっくに過ぎた私自身に対しても重みを持って投げかけられる気づきが次から次へと飛び出してくることに、思わず息を呑んでしまった。本書は単なる青少年向けではない、むしろ熟年期を迎えた人こそ読むべき一冊だ。