ルーズヴェルト・ゲーム

池井戸潤

本書のタイトルとなっている「ルーズヴェルト・ゲーム」とは、8対7で競り合っている野球の試合のこと。野球でいちばん面白いスコアとされ、アメリカのフランクリン・ルーズヴェルト大統領が言ったというのがそもそもの起源ということだ。1点ずつ取り合うシーソーゲームとは異なり、3、4点取られてから追いつき、突き放され、また追いついて逆転するという絶望と歓喜が紙一重となった試合展開に醍醐味がある。本書は、経営の悪化で大規模なリストラをしなければ生き残れなくなった青島製作所が、ついには会社の顔であった社会人野球からも撤退せざるを得なくなるという状況の中、ライバル企業から技術開発力目当ての経営統合を持ちかけられるというストーリーが軸。会社運営の岐路に立つ細川社長、野球をこよなく愛する創業者の青島会長、リストラを取り仕切る総務部兼野球部長の三上、そして会社の経営同様、成績が芳しくない野球部、リストラに怯える従業員の面々が、揺れ動く青島製作所を舞台に駆けまわる。

ストーリーは実にシンプルだ。大企業の動向に左右されやすい中小企業が、社内の人員調整のみならず、銀行やライバル企業からも圧力をかけられ、八方塞がりの状態になっていく。段階的に行われるリストラで多くの同僚が会社を去っていく中、従業員がひとつになるための希望となったのが伝統ある野球部だった。前年に監督はじめ主力選手を引き抜かれはしたが、残ったメンバーや高校野球で腕を鳴らした沖原らが奮起し、社会人野球大会で逆転に次ぐ逆転を遂げ、快進撃を続けていく。一時、沖原の高校時代のスキャンダルが流れ、野球部に冷水がぶっかけられるが、それでも従業員一丸となった応援で盛り返していく。そして、決勝戦で、経営統合という名の吸収合併を仕掛けてきているライバル企業のミツワ電器と対峙。沖原のかつての因縁も重なり、試合はまさに両社の力関係を象徴したような展開になっていく。果たして「ルーズヴェルト・ゲーム」は成立するのか。

これまで池井戸潤氏の著作は何作か手に取ってきたが、その中で今回いちばん強く感じたことは「主人公がいない」ことだった。半沢直樹シリーズや下町ロケットなどは、強い個性を持った主人公がグイグイ読者を引っ張っていく感じで頁をめくらせていたが、本書では人物は数多く登場するものの、段違いに個性が強い人物は登場しない。もちろん、それぞれ個性的に描かれてはいるがどれも控えめで、敢えて言うとすれば細川社長が主人公なのかもしれないが、彼自身に感情移入させて話を進ませるのが著者の狙いだとは思えなかった。客観的な状況を読者に仮想的に体感してもらい、その中で読者自身が主人公となって物語に一喜一憂してほしいというのが眼目なのではないかと感じた。というのも、本書で描かれているのはもちろんフィクションだが、同じように頭を抱えている経営者は世の中にゴマンといる。池井戸氏はそうした人たちにこそ読んでほしいと思って書いているのだろうし、私も社会人として行き詰まった時に池井戸氏の著作を読んで希望をもらいたいと感じているのである。


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