習近平は必ず金正恩を殺す

近藤大介

実にストレートかつ身の毛がよだつタイトルだ。だが、このタイトルこそが本書をそのまま言い表しているのだから、選ぶほうもこれ以上の選択肢を探しようがなかったと言っていいだろう。なにしろ、表紙をめくった瞬間に、北朝鮮の命運が決まったかのような衝撃的な一節が飛び込んでくる。2014年7月、北朝鮮が拉致被害者に関する特別調査委員会を立ち上げたことを契機に安倍総理が国交正常化交渉を加速化する意向を示したが、この背景にあったのは、このまま座視していれば金正恩政権は中国の習近平政権に「粛清」されてしまうという北朝鮮側の恐怖心だった。朝鮮戦争以来、「血盟関係」と言われた中朝関係は、習近平―金正恩時代になって冷戦状態と言って過言でないくらい疎遠になってしまった。中国から北朝鮮へ毎年無償で援助がされていた原油・食糧・化学肥料は、2014年に入って全面ストップ。7月になると、習近平は「兄弟国」の北朝鮮より先に韓国を訪問。こうした経緯があり、これまで安倍政権を口汚く罵ってきた北朝鮮が、180度態度を改めて日本に擦り寄ってきたのだ。冷戦時代からの「日韓vs.中朝」という安保構造が「日朝vs.中朝」というパラダイムシフトを迎えている。血の紐帯で結ばれていたはずだった中国と北朝鮮の間で何が起こっているのか。週刊現代編集次長の近藤大介氏が、風雲急を告げる中朝関係を迫真の筆致で綴る。

なぜ中国はこれまで「危険な隣人」である北朝鮮を丁重に扱ってきたのか、ひとつは「地域の安定」のため。中朝国境が混乱することで、チベット自治区や新疆ウイグル自治区のように、中国東北部に住む約200万の朝鮮族に民族独立運動を起こされては困るからだ。もうひとつは、超大国アメリカとの直接対決は避けたい中国に代わって、アメリカに吠えてくれるという「番犬」としてのご褒美だった。こうして蜜月を重ねてきた中朝だったが、2012年11月の北朝鮮によるミサイル発射準備が明るみで出たことで情勢が一変する。習近平はこれに激怒し腹心の部下を派遣し説得を試みるが、金正恩は「主権国家であるわが国が自主的に決めることだ。中国には関係ない」と突っぱねる。激しいやり取りがあったものの決着はつかず、その翌月北朝鮮は長距離弾道ミサイル(テポドン2号)を発射した。2013年が明け、国連では米中主導で北朝鮮への制裁決議の準備が進む中、北朝鮮は中朝関係崩壊が決定的となる声明を発表。「世界の公正な秩序を先頭に立って作るべき大国までもが、アメリカの専横と強権の圧力に屈し、最も初歩的な原則さえ惜しげもなく放棄してしまった」。これが中国を意識していることは明白であり、憤慨した習近平は中国人民に対し北朝鮮を敵と見なすべく情報工作を指示し、この結果、ネットで金正恩を罵倒する書き込みが溢れ、中国各都市で北朝鮮を避難する初めてのデモが起きた。

そんな中、習近平が金正恩を見放す大きな契機となったのが、張成沢朝鮮労働党行政部長の処刑だった。金正日時代に、党ばかりか軍、政府の幹部人事をも統括する文字通りの「ナンバー2」ポストにあった張成沢は、金正恩に政権が移ってもその権威はいささかも衰えなかった。だが、2013年12月12日、張成沢は全身に100発近くのマシンガンの銃弾を受け、さらに火炎放射器で肉塊を消し炭にさせられてしまうという、何とも言えず惨たらしい死を迎えたのだった。金正恩が張成沢を抹殺した理由としていくつかの分析がなされている。金正恩が張成沢の強大な権力を目障りに思ったこと、張成沢をはじめとする改革開放派(親中派)と軍の強硬派幹部(国粋派)との権力闘争、張成沢の中国での個人蓄財と金正男への送金の発覚、張成沢と金正恩夫人の過去の愛人関係の発覚、などである。そのほとんどに中国が関係しているように、張成沢と中国の結びつきは強固だった。処刑を痛恨の極みと表現した習近平の腹の中は、張成沢を利用して朝鮮人民軍の強硬派を押さえつけ北朝鮮をソフトランディングさせていこうということだったのだが、その期待の人物が抹殺されてしまったことで中国は北朝鮮という向こう見ずの猛犬を御すべくアメリカに急接近していくのである。

ここまでの前半パートは激変する中朝関係をドキュメントタッチで俯瞰していくが、後半は直近の時事をさらいながら中国がどのように北朝鮮を処していくかを具体的に描いていく。この一触即発の緊迫した両国関係をまさに寝食を忘れ貪るように読み進めていけたのは、文体がソフトで読みやすかっただけでなく、関係者の証言も交えたリアルで戦慄が走る内容がスリリングすぎて止めるに止められなかったことによる。いったいどうやって中国がその強大な力で北朝鮮を締め上げていくのか、いったいどうやって北朝鮮がその満身創痍にも関わらず中国と対峙していくのか。本書を一度手に取ったら、今後の中朝関係に敏感にならずにはいられない。


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