日本人が知らない地政学が教えるこの国の針路

菅沼光弘

日本では、安全保障の問題を憲法違反だとか違反ではないとか、国内法的な観点からのみ議論している。だが、いま議論しなければならないことは、第一に、日本を取り巻く東アジアの政治・軍事情勢が、経済問題を含めてどうなっているかということ。日本にとって中国が一番の脅威であるなら、中国の世界戦略や対日戦略はどうなっているのか、日中戦争はありうるのか、といったことを中心に議論しないといけない。地政学とは、戦争に勝つため、国家が生き残るための学問だ。日本においては、地理的な概念上の政治軍事戦略を研究し、歴史的な具体的事例に基づいて考察し理論的に体系づけるという蓄積が乏しいため、安保法制の議論が明後日の方向に向いてしまうのだ。

ハルフォード・マッキンダーは、ユーラシア大陸を支配するものが全世界の覇権を握るとする「ハートランド理論」を唱えた。これを忠実に実行しているのがアメリカだが、中国もロシアも同じ理論に基づいた戦略を展開している。特に中国は、「陸のシルクロード」を標榜し、新疆ウイグル、中央アジア、イラン、トルコ、ルーマニア、ウクライナ、モスクワ、そしてモスクワからヨーロッパに抜ける高速鉄道を建設する構想を抱えているという。これこそまさにハートランドを支配するためのインフラ整備と言えようが、さらに中国は「海のシルクロード」も構築しようとしている。また、ニコラス・スパイクマンが提唱した「リムランド(ハートランドの外縁部分)」理論に従い、福州からマレー半島、インド洋、スエズ運河、地中海へと抜ける「一帯一路」を構築。地中海ではロシア海軍と合同の軍事演習を敢行するなど、プレゼンスを高めていっている。

本書では他にも、ウクライナ問題の本質、ギリシャをEUから放逐できない理由、イスラム国が膨張した元凶などについて記述されているが、中でも著者の菅沼光弘氏がもっとも懸念しているのが、日本にインテリジェンスの仕組みができていないことだ。リアリズムの見地に立ち、地政学的かつ軍事的なセンスをもって国際情勢を把握する、確固とした組織とノウハウの蓄積がないと日本は生き残れないと訴える。近年になって、国家安全保障会議というのができたが、本来であればアメリカのCIAやイギリスのMI6のような組織を目指していかないといけない。イスラム国に捕らわれた後藤健二さんはなぜ殺されたのか。その理由を本書を通して知ることで、地政学が持つリアリズムの一端を垣間見ることができるであろう。


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