真・戦争論 世界大戦と危険な半島

倉山 満

明治時代の政治家、小村寿太郎が、駐露公使に宛てた1本の電報がある。その大意は、「マケドニア問題の趨勢を注意深く観察し、わが国にとって利害関係のある事態の進展があるときは遅滞なく報告せよ」というものだった。日本からはるか遠く離れた地域の動向に着目しろとは、小村は一体何を警戒していたのか。当時の日本は、朝鮮半島をめぐってロシアの脅威に晒されていた。ロシアが朝鮮半島を取ってしまったら日本の安全保障は一気に赤信号が灯るわけだが、そのロシアは西方でバルカン半島をめぐる揉め事を抱えていた。それがマケドニア問題だ。ロシアがバルカン半島で拘泥されるか、はたまた東へ向かってくるかは、この問題の動きひとつにかかっていた。外交では、相手国と自分との関係だけを見ていてもわからない。相手国のさらに向こう側にいる、相手国の隣国との関係を観なければ、その行動を予測することはできないのだ。

日本人にとってバルカン半島とは超マイナーな地域であるし、そもそもどこにあるのか、またはそんな地域が存在することすら知らない人のほうが多数を占めるだろう。だが、著者の倉山満氏は、「日本の運命はバルカン半島で決まる」と訴え、現在も日本の周辺諸国である東アジアの国々の指導者はバルカン半島の問題を自分たちの問題だと考えていると付け加える。本書を読み進めていけばわかるが、バルカン半島とは地域問題の詰め合わせとも言うべき、各国のエゴ丸出しの利害関係が入り乱れた苛烈な地域のことなのだ。バルカン半島諸国(旧ユーゴスラビア)を大別すると、ボスニア・ヘルツェゴビナのムスリム、スロベニアとクロアチアのゲルマン、セルビア、モンテネグロ、マケドニアのスラブに分けられる。だが事はそう単純ではない。宗教やバックについている大国が異なるのはもちろん、各国それぞれが単一民族で構成されているわけではないので、それが新たな火種を生むこともしばしばだ(最近ではコソボがセルビアから独立した)。

このように、群雄割拠と呼ぶには小国すぎる各国だが、それぞれが別々のバックグラウンドを持ち、ロシアやトルコなどの大国がそれらの国の後ろ盾として利害関係を持っているだけに、一度バルカン情勢がこじれたら、必ず周辺大国を巻き込んでの大戦に発展してしまう(実際、二度の世界大戦がそうだった)。しかも、バルカン各国が「バルカン半島は全部俺のもの」と自認しているだけに、敵の敵は敵、昨日の敵は今日も敵といった凄惨な果たし合いが繰り返されるから救いようがない。ユーゴスラビアに侵攻してきたナチスのSS隊長ヒムラーが、国内でのあまりに残虐な殺し合いを見て、泡を吹いて逃げ帰ろうとしたという逸話が残っているほどだ。

バルカン半島は、海に囲まれた島国である日本では考えられないほど複雑で、解決の糸口などありそうに思えない歴史が存在している。その歴史を学ぶということは、直近ではたしかにマニアックで非実用的なのかもしれない。だが、今後日本が周辺各国との関係においてどのようなトラブルに巻き込まれていくか、あるいは対処していかなければならないかの示唆を大いに含んでいるといえる。本書を通して読めば、「相手国の隣国との関係を観なければ、その行動を予測することはできない」ということが外交的、地政学的に日本が生き残っていくための基本的認識であることがよくわかる。この倉山氏の力作はもっと注目されるべきだ。


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