著者のパク・ヨンミが生まれ育った北朝鮮は、「ショッピングモール」や「自由」という言葉が存在しない国だ。「愛」すらも3代にわたって北朝鮮を支配する金王朝の独裁者たちへの敬愛だけ。政権は外部からのあらゆる情報を遮断し、映画やビデオを禁じ、インターネットもなく、本も北朝鮮が世界一素晴らしい国であるというプロパガンダの書かれたものしかない。現実には、少なくとも国民の半数が極貧生活を送っていて、多くが慢性的な栄養失調に苦しんでいる。特に、ヨンミが幼かった頃の90年代は、冷戦崩壊により共産主義国からの援助がほぼ途絶えた結果、国家による計画経済が崩壊し、食べるものも着るものも医療も手に入らなくなった。それに加え大干ばつが追い打ちをかける。ヨンミと家族が住む北朝鮮北部の恵山(ヘサン)では、実りの乏しい極寒の気候の中、役人に賄賂を渡しつつ対岸の中国との闇商売に手を染めることでなんとか糊口をしのいでいた。北朝鮮では食うや食わずの生活を余儀なくされているのに、鴨緑江を隔てた向う側にある中国からは、まばゆいばかりの明かりがこぼれ、おいしそうな食べ物のにおいが漂ってくる。そんな中、ヨンミの姉、ウンミが川を渡って中国へ行くという。脱北だ。姉が先立ったことをきっかけに、ヨンミと母も脱北ブローカーの門を叩く。
首尾よく中国に入国し自由になれると思いきや、ここからが地獄の始まりだった。「中国にとどまりたいなら、売られて結婚しないといけないのよ」。朝鮮族のブローカーから投げかけられた言葉に、ヨンミたちは唖然とする。中国はひとりっ子政策の影響で、女の子が生まれても殺されるなどして、男の子が多くなる傾向にある。そのため、農村部や身体障害者などは嫁のきてがなく、脱北者の女性を買って妻にすることがあるのだという。ヨンミたちにも値段が付けられ、母は650ドル、ヨンミは2000ドルほど。その間、何人かのブローカーを通して値段が上がっていく。この交渉を聞いているときのヨンミの屈辱感はいまでも忘れられないという。翌日の早朝、吹雪の中、ヨンミたちを売却先へと運ぶタクシーがやって来た。ブローカーが近づいてくると、母を地面に押し倒してレイプした。北朝鮮では性教育がない。これがヨンミにとってセックスとの初めての出会いで、ただそこに立って震えていることしかできなかった。その後、ヨンミと母は別々に売られ離れ離れとなった。そしてヨンミを買った中国人が、13歳のヨンミに対してセックスを求めてくる。大声で暴れ拒否するが受け入れざるを得なくなる。それは、母と姉を捜し出し父も北朝鮮から呼び寄せるための取引だった。
本書は、北朝鮮を脱出した13歳の少女が、中国、モンゴルを経て韓国に亡命するまでを綴ったノンフィクションだ。韓国へ行けば脱北者は国民として迎え入れられ、仕事も住むところも世話してもらえる。だが、その一方で、捕まって北朝鮮に送還されれば、重大な国家への反逆行為とされ一生出られない政治犯収容所に送られてしまう。それに、たとえ韓国に行けたとしても、世界最貧国から自由社会になじむことは容易ではない。ヨンミはこう語っている。「自由がこんなに残酷で大変なものだとは知らなかった。(中略)そのときはじめて、自由であるというのは、つねに頭を使って考えなければならないということなのだと気づいた。いつも飢えてさえいなければ、北朝鮮にいたほうが良かったかもしれないと思うことすらあった。そこでは自分で考えたり選択しなくていいから」。北朝鮮人民がいかに抑圧されているかということだけでなく、私たち日本人がいかに自由を軽視しているかを思い知らされる一冊だった。