「踏み絵」迫る米国 「逆切れ」する韓国

鈴置高史

2013年9月、アメリカのヘーゲル国防長官が訪韓した折、韓国にミサイル防衛(MD)への参加や日米韓の三国軍事協力体制の強化を呼びかけるが、朴槿恵大統領は従軍慰安婦問題を持ち出しすべて断った。これを皮切りに、アメリカは韓国に対して踏み絵を迫る。同年12月、バイデン副大統領が朴大統領に「アメリカの反対側に賭けるのはよくない」と述べて「中国との二股外交をやめろ」と釘を刺し、2014年2月にはケリー国務長官が「日本と韓国は歴史(問題)を棚上げせよ(忘れよ)」と語り、離米従中を反日でごまかす猿芝居はやめよと暗にほのめかす。そして、同年4月にはオバマ大統領が訪韓。日本滞在の日程を削っての訪韓だけに韓国人の虚栄心を大いに満たしたが、その実、中国に急接近する韓国に対するアメリカからの最後通告に等しかった。こうしたアメリカの意図に対し、朴大統領の姿勢は一貫しており、「右傾化する日本にすべての責任がある」として二股外交を正当化。在韓米軍の存在により北朝鮮からの脅威を抑止してもらっているにもかかわらず、なぜこうまでして強情を貫けるのか。

その背景には、台頭する中国に対する潜在的な恐怖心があることは間違いない。それに、アメリカが日本の集団的自衛権行使に容認の意思を示すや韓国の世論が大いに揺れた際や、米韓外交当局がオバマ訪韓を協議していた最中に、習近平国家主席が突然、年内に訪韓したいという親書を送ってくるなど、中国が異様に接近してきたということもある。だが、韓国の本音は「米中どちらがアジアの覇権国になるか判明するまで、双方に保険をかけておきたい」という深層心理にある。いまはまだ日米の陣営に籍を置いているが、その反対側(中国)にも手を差し伸べることで、どちらに付くのが有利になるのか距離を保って静観したいというのが韓国の伝統的な外交術であるのだ。

これは歴史によって育まれた韓国(朝鮮)人のDNAと言えるだろう。「サルフの戦い」と「丙子胡乱(ピョンジャ・ホラン)」というふたつのキーワードがそれを如実に物語っている。まずサルフの戦いとは、1619年に明と後金(のちの清)が瀋陽付近で衝突した大会戦のことで、この戦いで大敗した明は王朝を失うことになってしまう。この戦いの前に李氏朝鮮は明から加勢を頼まれるが、秀吉の軍を追い払ってくれた明に対する恩義から断れないという気持ちがある一方、新興勢力の清を敵に回すのも怖い。結局、明に援軍は出したが、本気で戦うことはしなかった。この中華帝国の勢力交代期に実施した二股外交が「それをしないと怖ろしい目に遭う」という意識として固着化する。後者の丙子胡乱は、サルフの戦いの後、後金から国号を変えた清帝国が、服属を拒んだ李氏朝鮮に大量の兵を送って攻撃し、2ヶ月で降伏させて強引に冊封体制に組み込んだ事件。当時、二股外交をやめて明に忠誠を誓っていた時期だっただけに、外交政策を見誤って朝鮮半島に災禍を招いた悪夢が意識に刻み込まれているという。

だから、韓国人の心理には「国の運命はどうせ最後は大国によって決められてしまう」という諦念も同居している。それゆえ、アメリカと中国という超大国の狭間で旗幟を鮮明にしないことは、韓国が国家の誇りと存亡をかけた苦肉の策であるのだが、そのジレンマから生じる国民のフラストレーションを開放するためにどこかでガス抜きが必要となる。言うまでもなく反日だ。それをアメリカに見透かされ「いい加減にしろ」と踏み絵を迫られ、それに対して韓国は「関係ないだろ」と逆切れしているのが現状だ。韓国は憐れにも自らの主張(日本の歴史的犯罪行為)が世界中で受け入れられていると信じているのだが、実際のところ欧州諸国は極東のローカルな問題に関心はなく、また韓国の主張が中国のそれとダブっているため中国に得点を与えるような主張には同意しかねるというスタンスを取っている。思い通りに事が進まないことに苛立った韓国はますます反日を強めていくという悪循環にはまっているというわけだ。

ほかにも、本書は、中国寄りだった張成沢を処刑した北朝鮮の動向も触れられており、米中という二大超大国をめぐる朝鮮半島の駆け引きについても詳述されている。また、中国が防空識別圏を強引に設定した際の韓国の対応にも注目したい。韓国論というと、どうしても反日行為に対する怒りをぶちまけた感情的な内容のものを思い浮かべてしまうが、本書ならびに前二作(『中国に立ち向かう日本、つき従う韓国』『中国という蟻地獄に落ちた韓国』)については韓国の置かれた地政学的なリスクをメインとした冷静かつ実証的な論考に好感が持てる。内容的に何箇所か重複しているところもあるが、朝鮮半島のリアルな国際的立ち位置、そして日本の今後を見据える上で、これほど有用な資料は見当たらないかもしれない。次回作が待ち遠しい。


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