知ってるブランドを何かひとつあげてくださいと聞かれたら、たいていの人が「ルイ・ヴィトン」の名を口にするのではないだろうか。実際にその人がルイ・ヴィトン製品を愛用しておらずとも、いまは手が届かないがいつかは欲しいと思っている、他のブランドは知らないけどルイ・ヴィトンだけは知っているなど、何かしらの理由でルイ・ヴィトンを“ブランドものの雄”として認知している場合がほとんどかと思われる。本書は、そうしたルイ・ヴィトンが行っているマーケティング戦略、そして徹底したブランド戦略を通じて、消費者に対しどのようなアプローチをしているのかを綿密な取材を基に活写。大量生産・大量消費を目的としたマス・マーケティングとの違いに注目しながら読みたい。
マーケティングの4Pとして、製品(Product)、価格(Price)、流通(Place)、プロモーション(Promotion)の各戦略があるのはよく知られたところだ。この目的は言うまでもなく、ターゲットとする市場から自社が望む反応を引き出すこと、つまり売りたい層に対して効率的に購買を働きかけることであるが、ことルイ・ヴィトンに関しては一味も二味も違う。まずルイ・ヴィトンのブランド戦略は「メゾン志向」である。メゾン志向とは、そのブランドの歴史的蓄積を尊重し、機械での大量生産よりも伝統のクラフツマンシップを優先させること。職人による手づくり感を重視するという面ももちろんあるが、要するに「高嶺の花」であり続けるということなのだ。高山植物の可憐な花は清く壮麗な山頂に咲くことに意味があるのであって、それをむしり取ってきて平地に植え替えてもたちまちのうちに枯れてしまう。こうした姿勢からは「買えなければ買わなくてよい」といった冷たさが感じられる一方、ルイ・ヴィトン製品の持ち主は選ばれた顧客としてルイ・ヴィトンとプライドを共有することができる。これはマーケットイン(お客様は神様)を信条とするマス・マーケティングと明らかに一線を画する。
また、ルイ・ヴィトンは、流通経路の短縮化と正規店のみでの販売を通じた贋物駆除の徹底、ライセンス生産をさせず自前で生産から販売まで管理しているのでアウトレット品を出さないこと、イメージの一貫性を保つためテレビCMは一切打たないこと(カップラーメンのCMのあとにルイ・ヴィトンがきたらイメージが台無しだ)、行列やパーティー、銀幕への露出などの派手なプロモーションといったマーケティング、ブランド戦略を通じ、いまや世界最大級のブランドとして君臨している。もちろん、他の高級ブランドも同じような手法をとっているわけだが、その中でもルイ・ヴィトンが頭ひとつ抜けているのが歴史と伝統という何にも代えがたい信頼感なのである。
私自身、ブランドとはまったく無縁な者であり「ルイ・ヴィトン」と聞いたら、なんとなく近寄りがたさを直感してしまうのだが、本書を読んでいるうち、その認識が改まるくだりに遭遇した。それが、「ルイ・ヴィトンにはリペアサービスがある。壊れても修理をすれば元通りになるので、一生ものとして使い続けられるし、将来自分の子供にも使わせることができる」と、「ルイ・ヴィトンの鞄はゴミにならない。(略)飽きたらリサイクルショップに引き取ってもらう。未来永劫、ゴミにならないので、ルイ・ヴィトンは究極のエコ商品なのかもしれない。」という箇所だ。実際ルイ・ヴィトンのリペアサービスは完璧のようでインポート品にありがちな部品がないので修理できませんは絶対にない。また、リサイクルでも値崩れしないとのことで安定して高値で下取りしてもらえるというのだ(正規店でカードで購入し決済の前に質屋に持ち込めばそれほど目減りせず現金化できる)。後者はやや即物的な動機だが、前者についてはルイ・ヴィトンを通して愛情の継承ができるということは魅力的なことに違いない。
このように、一読すれば、なるほどルイ・ヴィトンが“ブランドものの雄”たる所以が腑に落ちる。本書はタイトルこそ「ルイ・ヴィトン」の名を冠しているが、他のブランドにもスポットを当て、ルイ・ヴィトンとの対比を事例付きで解説しているため非常に興味深く読める。また、ルイ・ヴィトンが独自に行なっているマーケティングやブランド戦略の説明だけでなく、その概念までもカバーしているので、マーケティング初学者でも敬遠することなく手に取ることができるのは好感だ。マーケティングやブランドに疎い私でも楽しめた。教養を得るくらいの気持ちで気軽に手に取ってみてもいいかもしれない。