「筆者にとって、2013年はデフレ脱却という希望がしぼんでいく1年であった」と、ため息混じりに論を進めていく三橋貴明氏。安倍政権発足後、アベノミクス第一の矢(金融政策)と第二の矢(財政政策)でようやく景気回復の緒が掴めたと思いきや、物価上昇率ゼロの状況で消費税増税を決断してしまった。それだけでなく、本来であればインフレ対策であるはずの規制緩和、構造改革を主眼とした第三の矢(成長戦略)を、異常なまでの熱の入れようで推し進めている。いまだ日本経済はデフレであるため、政府としては失業率の改善や国民の所得拡大を重点的に目指していかなければならないにも関わらず、第一の矢と第二の矢でデフレ対策、第三の矢ではインフレ対策といったあべこべな政策を展開している。安倍政権の経済政策は、まさに「アクセルを踏みつつブレーキを踏んでいる」状態なのだ。
「経世済民」という国民経済の原則に立脚している三橋氏は、景気回復の腰を折る愚策として、まず2014年4月からの消費税増税をあげる。そもそも増税とは需要縮小策であり、需要が冷え込んでいるデフレ下で行う政策でない。可処分所得を減らされた国民は必ず支出(消費、投資)を減らすため、当然のこととして政府の税収は減る。また、増税分を商品価格に転嫁できない企業が出てくるため、赤字企業がこれまで以上に増え、法人税の減少が消費税増税分を打ち消してしまうことになる。下手をすると、増税した以上に法人税や所得税が減り、税収はさらに減少することになるだろう。同じようなことは、1997年の橋本龍太郎政権の時に経験しているのだが、その時からデフレが始まり自殺率が急増したという事実がまったく顧みられていない。このままではデフレの悪化と増税の無間地獄に陥ると三橋氏は警告する。
また、現在推し進められている新古典派経済学的な成長戦略が完遂された際のシミュレーションとして、ニュージーランドの事例が紹介されている。ニュージーランドは1975年から84年にかけて、保護貿易や政府の積極関与、公共投資の拡大など、いわゆる「大きな政府」を推進していた。そのため経常収支が慢性的に赤字であり、国内は過小貯蓄状態。それでもニュージーランド政府は対外債務に依存し続け、国民経済の供給能力が不足する中、政府の需要だけが膨れあがり、インフレ率は一時15%にまで上昇した。そこで「小さな政府」への転換が図られたわけだが、その際に行われたのが、農業への補助金廃止、医療などの社会保障削減、国営企業や公営企業の民営化、郵政改革、消費税導入、パートタイマーをつくりやすい労働環境の創出など。聞いたことのあるような政策ばかりだが、この時、大規模なリストラが行われ犯罪率が急上昇したことと同時に、ニュージーランド企業の株式の56%を所有し大いに儲けたのが外国資本の投資家であったことに注目しなければならない。
三橋氏は、供給があれば必ず需要が発生するという「セイの法則」、富める者が富めば貧しい者にも恩恵が行きわたるという「トリクルダウン理論」などの誤りを次々に論破していきながら、外交政策で喝采を浴びる安倍政権のもうひとつの顔について重ねて警鐘を鳴らす。それは、TPPや電力自由化などで食料安全保障、医療安全保障、エネルギー安全保障という国民への安定的な供給が必要な分野を、構造改革特区において市場原理の荒波にさらそうとしていること。基幹産業が外国資本の手に落ちていくということは、日本人共有の財産を外資に売り飛ばすことと等しい。「瑞穂の国の資本主義」とはいったい誰のためのものなのか。富める者のみが得をするという発想は、古来日本にはなかったはずだ。