自滅する中国

エドワード・ルトワック

年率10%以上という驚異的な成長率で経済大国として台頭してきただけでなく、その圧倒的な経済力で著しい軍拡を果たしている中国。国際的に急上昇した影響力を担保に、あからさまな領土的野心を隠そうともせず近隣諸国の島嶼部に押しかけ、既存の国境線や歴史的事実など一切無視した理屈で自国領を主張する強硬姿勢からは、世界の覇権国へと名乗りをあげた意図がありありと見て取れる。一方、これまで唯一の超大国として世界の警察官を担ってきた米国は、経済的凋落により、その存在感を徐々に薄めつつある。これにより、アジア諸国はこのまま中国の経済力、軍事力に屈し、むざむざと併呑されていく運命にあるのか。そして、世界は中国の朝貢国に成り下がってしまうのか。米国・戦略国際問題研究所の上級アドバイザー、エドワード・ルトワック氏が、今後の中国の展望についてきめ細かい分析を行う。

ルトワック氏は、中国と、その近隣諸国(日本をはじめとする東アジア、オーストラリア、ベトナム、インドなどの広域アジア地域)の歴史的背景、地理的事情、経済的力関係などを紐解きながら、中国が現在取っている戦略は誤りだと断じている。その根拠は、我こそが世界の中心であるとする「天下システム(華夷思想)」。この立場から抜け出せない中国は、周辺諸国はいつまでも自国の冊封体制に組み込まれた朝貢国だという考え方のもと、何食わぬ顔で傲慢な態度を取り続けている。まるで、親が子に対して何をしてもいいと言わんばかりだが、ルトワック氏はこれを「巨大国家の自閉症」と呼び、現代国際社会ではまったく通用しないと喝破。これが生み出したものは、中国から領海侵犯、島嶼強奪、政治的干渉を受けているアジア諸国の反発であり、これまでバラバラだった各国(従属を選択した韓国を除く)の合従連衡なのだ。中国というと孫子の兵法書に象徴されるように、戦術や人心掌握術、権謀術数に長けているという印象があるが、その実、そうしたメソッドが通用するのは国内、それも漢民族、つまり同胞にたいしてだけ。実際、中国(漢民族)は歴史上、異民族に何度も国土を蹂躙され、その支配を受けている。

こうした中国の意外なまでの戦略下手を紹介するところから、日本やオーストラリア、ベトナム、モンゴル、フィリピン、インドネシアなどの対中外交の移り変わり、そして中国とともにG2を形成する米国内の対中政策の温度差などが、信頼性のあるソースを基に綴られている。外国語で書かれた専門書という特性上、邦訳がいまいちでやや読みづらい箇所もあるが(いや、私の読解力の問題だろう)、戦略の大家の著書ということで、台頭する中国を念頭に置いた国際情勢に関心のある方には必読となるだろう。

最後に、ルトワック氏は、上記の見立てが成り立つのは、中国があくまでも現在の戦略を継続することが前提になるとしている。要するに、年率8%の経済成長を今後も続けていくことができたらという仮定に基づくというわけだ。リーマンショック後、8%に下がったのだが、方々からの情報を照らし合わせてみると、どうもこの数字は妖しいようだ。それに、中国経済の崩壊を危惧する声も聞かれる。その情報が事実で、中国もそれを認め、徐々に軍事費を削っていけば近隣諸国の反発も和らごうものだが、そうなると今度は中国国内で擾乱が発生する番だ。加えて、いまに至るまで虐げられ続けている、ウイグルやチベットなどの少数民族の独立運動も連動するだろう。本書の副題である「なぜ世界帝国になれないのか」の答えがここにある。


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