若者は本当に右傾化しているのか

古谷経衡

民主党政権時代の亡国的失政や中韓の横暴に抗議する日の丸の行進に端を発し、安倍政権発足後の憲法改正や国防軍創設への機運の高まりなどに関連し、「日本が右傾化している」という言説がよく聞かれるようになった。一部の東アジア国家が安倍総理を極右と呼び、軍国主義への回帰やアジア諸国への謝罪撤回などと世界各国で告げ口外交をしているほどだが、その「右傾化」の担い手と言わないまでも爆発的な勢いで同調者を増やしている層が20代を中心とした若者だという。いわゆる「若者の右傾化」であり「嫌韓」や「靖国神社参拝支持」を信条としていることから、1960年当時の反安保闘争を連想して警戒する向きがある一方、右派や保守派といった正しい歴史観、国家観を持った若者が増えてきたとして歓迎する勢力もある。だが、本当にそうだろうか。若者が右傾化しているというのは本当に正しい見方なのか。新鋭評論家の古谷経衡氏が、若者が右傾化しているという一般的見解に異議を唱え、各種データや聞き込みを通じてその実相に迫る。

日本の右傾化の象徴とも言うべきキーワードが、「永遠の0」と「田母神俊雄」だ。これらを支持した層をたどっていけば、若者が本当に右傾化しているかどうかの尺度となるわけだが、古谷氏はまず「永遠の0」を取り上げる。映画が大ヒットした理由を若者が「戦争賛美」や「特攻礼賛」に走ったことではなく、単に商業映画作品としての完成度が恐ろしく高かったため、つまり物語としての秀逸さが多くの観客を引きつけたからにすぎないと分析。そもそも、「永遠の0」は反戦映画であり、保守的・右翼的イデオロギーを極端に排除し、往年の反戦映画の系譜を忠実になぞった上で観客層の門戸を広げたものだ。日本人や若者の間に「反戦機運」や「第二次世界大戦に対する反省」が高まっている結果と読み取ってしかるべきだという。

一方、田母神氏に関してだが、2014年2月の東京都知事選の出口調査において以下のような報道があった。「20代の有権者のうち24%が田母神氏に投票し世代別の支持率で第2位だった」というもので、これについて朝日新聞は「日本の右傾化、ナショナリズムの台頭を象徴しているのではないか。大変怖い気がする」との記事を掲載した。だが、ここで若者(20代)の投票率を考慮して冷静に見極めてみると、朝日新聞が抱く右傾化への懸念、あるいは保守化が歓喜する若者の正常化が的はずれなものであることに気づく。20代の投票率は約25%であり、そのうち24%が田母神氏に投票したということは、20代全体で6%にしかならない。しかも、舛添氏9%、宇都宮氏4.8%と比べ、大して差異がない。若者で選挙に行くマイノリティの中でも田母神氏に投票したさらなるマイノリティを取り上げて、若者の右傾化を叫ぶなど早計に過ぎるというわけだ。若者の右傾化を警戒する側にとっては事実誤認であり、歓迎する側にとっては多分に願望が混ざった歪んだ現状認識だと言えるだろう。

本書はほかにも、さまざまな資料やアンケート結果を用いて、20代の若者は右傾化などしておらず、むしろ“左傾化”しているのではという主張を呈する。出色だったのが、保守派の社会的立場や人物像をあぶり出し、若者がそれとは同調せず、貧困や雇用の問題、若者の福祉などに熱心に取り組んでいる左派に魅力を感じている理由を明確にし、なぜ2013年の参院選で山本太郎氏や吉良よし子氏に数多くの票が投じられたのかを詳らかにするところだろうか。私自身、保守派を自認しており、安倍総理の保守的政策に熱狂したり周辺国の外交的侮蔑に頭に血が上ったりして感情的になってしまうことが多々ある。古谷氏が呈するような一歩下がった冷静な視線を見失ってしまうと、そこをまた周辺国につけ込まれ煽り報道に踊らされてしまうことだってあり得る。カッとなっても深呼吸して冷静にデータを見極めれば、デマやアジリの類は一瞬で判別つくのだ。本書のすべての主張に賛同というわけではないが、新たな観点が加わった意義深い読書体験であった。


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