ルパンの消息

横山秀夫

宴もたけなわといったところで、署長の後閑は一枚のメモを渡される。15年前の女教師の自殺事案につき他殺の疑い濃厚との有力情報あり、至急、帰署されたしというものだった。一気に酔いが冷めた後閑は酒席を立ち、料理屋の裏に待機していた署長車の中で、刑事課長から事情を聞く。失恋を苦に校舎の屋上から飛び降り自殺したものと処理されていた15年前の事件は、教え子の男子生徒3人が犯人で、当時彼らは「ルパン作戦」と称して深夜の学校に忍び込んでいたという。しかも、その情報源は本庁の信頼できる筋からというから、後閑の顔から酔気は完全に消えた。本庁のご達しとなれば無碍にはできない。だが時間がない。殺しだったとしても、明日いっぱいで時効が完成するのだから。時効まであと24時間。署に戻ると、当時の3人のうちのひとり、喜多が取調べを受けていた。担当しているのは本庁の捜査一課に所属する寺尾で、強気の追及と大仰な罵声で喜多をぐいぐい締め上げていた。「ルパン作戦と嶺舞子教諭殺しの2点についてお伺いしたい」。寺尾が本題に切り込むと、喜多の顔からみるみる血の気が引いていく。「あれは……自殺だったはずだ」。喜多は、15年前のあの日、高校3年生の秋のことを滔々と語りだした。

ルパン作戦。期末テストの問題が校長室の金庫の中に保管されることを知った3人が、深夜に校内に忍び込んで盗み出そうとした計画のコードネームだ。校長室の鍵、金庫の鍵がどこにしまわれているかも調べだし、用務員の男性がどの時間帯に校内を巡回するかも調査済み。4日間行われるテスト期間中、その当日の夜に3人のうちひとりが用具入れの中に隠れ、タイミングを見計らって内側から窓を開けて2人を招き入れる。こうして問題用紙をくすねてテスト前に解答を仕込んでおくのが作戦の全容だ。初めの3日間は計画通り事が運んだが、最終日の4日目、思わぬ出来事が3人を待っていた。校長室の金庫を開けた途端、なんと中から女性の死体が転がり出てきた。激しく狼狽した3人は慌てて逃げようとしたところ、隣の部屋から何者かが外に飛び出る音を聞く。恐怖に駆られ無我夢中で校舎を後にする3人。そして、その日の朝、校舎の外で女性の死体が発見される。屋上には赤い靴が揃えて置かれ、遺書とみられるメモも見つかった。事件を捜査した当時の警察は、飛び降り自殺と断定。そのまま幕引きとされ15年の歳月が経ったいま、喜多はじめ、ルパン作戦メンバーである竜見と橘も有力容疑者として警察署に連れてこられ、事件の真相究明が始まった。

作戦の名称に冠された「ルパン」は、実行メンバーの3人がたむろしていた喫茶店の店名に由来している。その頃、近辺では泣く子も黙る不良高校生で通っていた3人は、いつもそこ喫茶ルパンでタバコを吹かしコーヒーをすすっては学校をサボっていた。3人が喫茶ルパンを隠れ家にしていた理由は単に居心地が良かったからだけではない。マスターの内海一矢が、かの3億円事件の容疑者に容貌がそっくりだとして何度も警察の取り調べを受けてきては釈放されてきたことで、一目置いていたからだ。彼らは内海のことを「サンオクさん」と呼んで親しんでいた。本作は、ルパン作戦と3億円事件、まったく関係がないように見えて、緩やかだが最終盤で急速に一本の線へと収斂していく。ルパン作戦実行メンバーが15年前の事件を振り返る形で進んでいき、自殺で処理され十分な検視もされなかったという手がかりの薄い中、どう解決に導いていくのかが最大の読みどころ。終盤までは割りとなだらかな進行具合だが、最後の最後で手に汗握る展開となり、意外な人物による告白には思わず「あっ」と声を漏らしてしまった。著者の横山秀夫氏ならではの構成力には脱帽のほかない。


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