海戦史に学ぶ

野村 實

日本は小さな島国だが、3万平方キロメートルに及ぶ世界で3番目の海岸線を持つ海洋国家である。日本本土に住むすべての人の生活を維持するには、近海のシーレーンを活用しつつ、外国と貿易することを絶対的な必要条件としている。太平洋戦争前の日本人は、自らの国がそうした海洋国家であるとの自覚が少なかった。300年の平和な鎖国を経て、満州事変からあとの日本は海洋国家としてのコースから踏み外れ、大陸国家的性格に変わっていく。大陸国家ドイツと防共協定を結び、やがて軍事同盟関係に進んで、開国以来ともに進んできた海洋国家のイギリス、アメリカと敵対するようになる。そして開戦直前には、ドイツの欧州における一時的な大勝に目がくらみ、不用意にも海洋国家群の経済断行に陥り、勝てるはずのない戦争に不敗を信じて突入していった。戦争に敗れた日本は、海洋国家としての「海」の意味を改めて教えられたというわけである。本書の目的は、日本が海洋国家であり、日本人にとって「海」と「海上兵力」とシーレーンがいかに重要であることを解説すること。日本開国時の海洋事情から第二次世界大戦後の海戦に至るまで、歴史的事例を評論しつつ日本人の開眼を促す。

黄海海戦、日本海海戦、ハワイ海戦、ミッドウェー海戦、マリアナ沖海戦などは、数多の歴史書などで相当深い分析がなされているので、より詳しい論評は他書に譲るとして良いと思う。本書が出色なのは、第一次世界大戦時における日本海軍の活躍や、第二次世界大戦後の海戦(朝鮮戦争、フォークランド紛争など)にもスポットを当てるとともに、日本のシーレーン防衛に関する解説に重きを置いていることだろう。たとえば、日露戦争ではバルチック艦隊との日本海海戦が注目されがちであるが、ウラジオストックに置かれた浦塩艦隊が日本近海で脅威を与え続けていたことは見逃せない。日本の商船が拿捕、撃沈されることが相次ぐ中、もしバルチック艦隊と挟み撃ちされれば連合艦隊は壊滅し、日本の運命は決まる。これを迎え撃つべく上村艦隊が編成された。また、第一次世界大戦中、連合国船舶はドイツ潜水艦による無差別攻撃により頭を悩まされていた。そんな中、日本海軍はもっとも被害が多かった地中海への派遣を要請され、出動。トランシルバニア号護衛などで被害を出しながらも、連合国のシーレーン防衛に務め、イギリス国王より勲章を賜るほどの成果を挙げた。

太平洋戦争敗北までの日本海軍において、シーレーン防衛の思想がなかったわけではない。日露戦争後に「帝国軍の用兵綱領」が定められ、以後、太平洋戦争開戦まで改定が繰り返されていた。だが、攻勢をとって敵主力艦隊を撃滅し速戦即決を図ることを第一目標とし、シーレーンについては対馬海峡の防衛がうたわれているにすぎなかった。大艦巨砲主義と艦隊決戦主義に徹したことで時代の変化を読みきれず、空母を中核とする海上の主作戦と対潜作戦に大きな遅れを取り、結果シーレーンを失い敗北した。本書の初出はやや古いが、シーレーン防衛の重要性についてはいささかの古さも感じられず、逆に過去の事例から多くを学ぶことのできる良書だと感じた。現代の自衛隊のあり方、近隣諸国からの脅威を重ね合わせながら読むと、大変に意義深い。


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