「アメリカは日本国内のどんな場所でも基地にしたいと要求することができる」「日本は合理的な理由なしにその要求を拒否することはできず、現実に提供が困難な場合以外、アメリカの要求に同意しないケースは想定されていない」。これは、外務省が高級官僚向けの極秘マニュアルの中に実際に書かれているもの。つまり、日米安全保障条約を結んでいる以上、日本政府の独自の制作判断で、アメリカ側の基地提供要求に「NO」と言うことはできない。日本の外務省がそうはっきりと認めているのだ。だから、たとえ北方領土が返還されても米軍の基地を置かないという保証はできないので、日露領土交渉は一向に前進しない。私たちが暮らす「戦後日本」という国には、国民はもちろん、首相でさえもよくわからなっていないこうしたウラの掟が数多く存在し、社会全体の構造を大きく歪めてしまっている。そして残念なことに、そういう掟のほとんどは、実は日米両政府の間ではなく、米軍と日本のエリート官僚の間で直接結ばれた、占領期以来の軍事上の密約を起源としている。著者の矢部宏治氏が、これまで明らかにされてこなかった日米間の隠された法的関係を追う。
まず「横田空域」というキーワードから触れられる。日本の首都圏の上空は米軍に支配されていて、日本の航空機は米軍の許可がないとそこを飛ぶことができない。JALやANAの定期便は巨大な山脈のような空域を避けて、非常に不自然なルートを飛ぶことを強いられている。なんと、この横田にある巨大な米軍の管理空域について、国内法の根拠はなにもないという。その謎を解く手がかりは、2010年まで米軍管理空域だった沖縄の嘉手納基地にある。詳しくは本書を参照されたいが、嘉手納空域とは沖縄本島の上空すべてを指す。嘉手納返還後、日本が自由に使えるようになったと思いきや、その裏側で返還の意味を完全に失わせてしまうような巨大な「米軍優先空域」が密かに設定されていた。嘉手納基地や普天間基地や着陸する米軍機の安全を確保するという口実で、アライバルセクターと呼ばれる新たな米軍専用空域が設定されていたのだ。これと同じ理屈で、横田空域も米軍に支配されている。先述の通り、これに国内法の根拠はない。なぜなら、「日本政府は、軍事演習を行う米軍機については、優先的に管制権を与える」という日米合同委員会での密約が機能しているからだ。
「戦後日本」という国は、「在日米軍の法的地位は変えず」「軍事面での占領体制がそのまま継続した」「半主権国家」として国際社会に復帰した。その本当の姿を日本国民に隠しながら、しかも体制を長く続けていくための政治的措置が、1952年に発足した日米合同委員会なのだ。私たち日本人がこれから克服しなければならない最大の課題である「対米従属」の根幹には、軍事面での法的な従属関係がある。つまり、アメリカへの従属というよりも、米軍への従属であり、しかもその本質は精神的なものではなく、法的にガッチリと抑え込まれているものだということだ。また、旧安保条約や行政協定という極端な不平等条約は、実は朝鮮戦争で苦境に陥った米軍が、日本に戦争協力させるために自分で条文を書いた取り決めだったということも知っておきたい。その結果、日本政府のコントロールが一切及ばないかたちで「国連軍の代わりの米軍」が日本全土に駐留するという、日米安保の基本コンセプトが誕生することになった。皮肉なことに現在、私たちが世界から駆逐すべき無責任な軍国主義とは、このあまりに従属的な二国間関係の中にこそ、存在しているのだ。