現安倍政権の内閣官房参与を務める谷口智彦氏。普段は慶応大学大学院の教授だが、授業がない午後に総理官邸の4階にある自分の部屋に詰めている。内閣官房参与の職務は、特定のことについてだけ総理の下問に応えるという限定的なものでつねに官邸にいる必要はないのだが、谷口氏は飯島勲氏同様に毎日来ているという。なぜなら、谷口氏は総理の演説の原稿を書くスピーチライターだからだ。スピーチライターとは、彼または彼女一個の考えで原稿を書くわけではなく、あくまでリーダーの考えを自分の中に血肉化しなければいけない。総理の目線に立って書くことが絶対条件になり、総理の発想、思想、好み、癖などについて十分に理解している必要があるのだ。だから、谷口氏は、総理官邸5階の総理執務室にいる安倍総理を「身近に感じる」ために毎日登庁している。それでも、第一稿が一発で採用となるケースは絶対にない。書き直しに次ぐ書き直しで10回、20回近く修正を加えるのが当たり前。肉体的に耐えうるだけでなく精神のバランスを崩さない強さが、スピーチライターの一番の条件となる。そんな中で、谷口氏にとって最も大変だったのが、米国議会演説をこしらえているときだったという。
米国議会演説などの原稿づくりという大役を担う谷口氏は、「安倍晋三とは」と問われたとき、こう答える。「仕える部下が、裏に回って決して『宮仕えは辛い』のなんのと、愚痴を言わない、いわんや、不平を言わない」そんな人だと。自身のキャリアで数々のリーダーと接してきた谷口氏は、安倍総理くらい、直属の部下が愚痴だの不平だのを言わない人物を他に知らないと声を大にする。本書は、安倍総理とつねに行動を共にし、その発言や姿勢につねに接している谷口氏ならではの安倍晋三評。最も近いところにいるせいか、その政策に完全共鳴していてべた褒めがちなのが気になったが、安倍総理がいかに内政、外交、経済など日本の交流に腐心しているかが伝わってきて、総理と共に重責の一端を担っているという氏の誇りが感じられる。ただ、近侍しているだけに重要機密につながる記述はなく、新たな発見が乏しいという意味で読後感は薄かった。本書を手に取るなら、インテリジェンス的な内容を期待するのではなく、スピーチライターの視点から見た安倍政権の軌跡としたほうがよいかもしれない。