59種類もの栄養素を生み出し、光合成により二酸化炭素を吸収し、しかも「バイオ燃料」を取り出すこともできるミドリムシ。5億年前の太古から存在し続けているその生命力はもちろんだが、何より飢餓や天然資源枯渇などの問題を解決するという可能性を秘めているということで、これまで数多くの研究者がミドリムシの屋外大量培養に挑戦してきた。だが、いま一歩のところで成功にたどり着けず、研究は徐々に下火になりつつあった。そんな中、ミドリムシが持つ無限のポテンシャルに賭けた東大卒の若き起業家が、人類の救済と革新を胸にこの一大事業に挑む。
株式会社ユーグレナ社代表取締役出雲充氏。名門中高、東大、超一流企業と順調すぎるほど順調な経歴を積み重ねてきた出雲氏だが、心の中では、18歳の頃バングラデシュで感じた「食はあるのに栄養素が不足している」という実態をなんとかしたいという一念に駆られていた。大学時代、後輩から何気なく聞かされたミドリムシの可能性に天啓を受けた彼は、ミドリムシに人生を賭けることを決意する。その強い思いにもかからわず安定した環境から独り立ちできずにいたが、恩師の助言に意を得て職場を退社。六本木のライブドア社内の一角にオフィスを間借りさせてもらい、ミドリムシ大量培養の研究を軸とするベンチャー企業を立ち上げる。
よき理解者・協力者を得、ついにミドリムシの屋外大量培養に成功。これは日本のみならず世界初の快挙であったのだが、その直後に襲ったライブドア強制捜査の煽りを受け、社の信頼は失墜。取引のあった会社から総スカンを食らい、そのうえ、ミドリムシを使用した健康食品の販売も軌道に乗らず、出雲氏は社を畳むかどうかの瀬戸際にまで追い込まれる。だがそうした逆風の中でも、氏の初志を貫く意志と社員の奮闘により、少しずつではあるが希望の光は差し込んでくる。やがて、大手商社との提携により資金面での心配はなくなり、さらに大手石油会社の著名技術者の引き抜きにも成功し、石油に替わる自動車や飛行機などのバイオ燃料の開発に乗り出すまでにこぎ着けた。その後、ユーグレナ社は2012年、ジャパンベンチャーアワード「経済産業大臣賞」を受賞し、世界経済フォーラム(ダボス会議)で「ヤンググローバルリーダーズ」にも選出される。
読み方によっては、よくある感じの、山あり谷ありのベンチャー企業伝と受け取られるだろうし、ミドリムシの開発苦労記にも思える(さすがに企業秘密には触れられていないが)。要するに、「ベンチャー企業ってこんなに大変なんだよ」という、ため息混じりの吐露が聞こえてきそうでもあるのだ。だが、それでも妬み症の私でも何の不快感も持たずに読み進めることができたのは、ひとえに著者でありユーグレナ社社長の出雲氏の人柄が素晴らしいということだろう。「僕はミドリムシで世界を救う」「くだらないものなんてない」と言い切る言葉の裏には、仲間との信頼を糧に数々の挫折を乗り越え、ようやく実用化・事業伸張にたどり着けた自信と使命感が透けて見える。私は出雲氏とお目にかかったこともなければ、テレビで見かけたこともないが、どんなに年下でも見習わねばならない人物だという直感は間違っていないことだろう。なにせ、学生時代の孤独と心的圧迫というトラウマからいまだに立ち直れない私と、その人生に賭けるモチベーションが天と地ほどに違うのだから。