2009年9月、ロシアのプーチン首相はメドベージェフ大統領により解任される。背後でアメリカの意向が動いた不当な更迭劇だったわけだが、行き場を失ったプーチンは政界引退を宣言し日本に亡命することを決意。大好きな柔道の国で悠々自適に暮らすことを考えていたのだが、日米・日中関係、そして民主党の亡国的国会運営に危機感を抱いた国会議員、矢部(安倍)の訪問をしきりに受けるようになり、やがて彼に今後日本が取るべき方策についてレクチャーする。と、ここまでは当然のことながら設定上のフィクションであるが、日本の置かれた立場や外交危機、歴史観などはまったくもってリアルである。モスクワ在住の国際関係アナリスト、北野幸伯氏が、コミカルな文体の中にも日本が直面している現実とその解決策を、領土、食糧、エネルギー政策、経済、歴史の面からスマートに綴る。
尖閣諸島沖で中国の漁船が海上保安庁の船舶に衝突した事件を受け、日本国内では中国の脅威に対する国民の怒りと不安は最高潮に達しつつあった。こうした状況の中、日本が中国の罠にはまらないようプーチンが矢部に授けた策は、「敵と戦わないこと」「仲間を増やすこと」「孤立は破滅と認識すること」の3つ。特に3つ目が重要で、それを理解するには第二次世界大戦で日本がなぜ負けたのかを考えてみる必要があると説く。日本は、満洲国建国を認めてもらおうと、国連(当時の国際連盟)に採択を図るも、自国以外の賛成を得られず惨敗。その際、松岡洋右全権大使は椅子を蹴って帰国、国連を脱退してしまった。その瞬間に、日本は国際社会から孤立し、果てはアメリカ、イギリス、ソ連、中国を敵に回して戦争することとなってしまった。これで勝てるはずがない。
また、日本は中国のみならず、ロシアと北方領土、韓国とは竹島の帰属権を巡って問題となっており、国内では戦後レジームからの脱却という大義のもと憲法改正がさかんに叫ばれている。日本が自国の領土を主張し、体制的にも自立するための準備をして何が悪いとの反論があるだろうが、見方によっては戦後体制に挑戦するであるとか、軍国主義化だとか、秩序を乱す不穏国家、歴史修正主義者としてみなされる向きがある。その見方の主とは、戦勝国、つまりアメリカである。アメリカは世界覇者であると言っても国益にそぐわない戦争や商売はしない合理主義思想の国だし、しかもその国力は衰退の一途をたどっている。日米安保だって盤石だとは言えず、いつ日本を見限って中国の側につくともしれないのだ。中国はこうした史実やリアリズムを巧みに利用し、「領土問題を歴史問題にすりかえること」で反日統一戦線を構築しようとしている。憲法改正、東京裁判の見直し、核武装などのセンチメンタリズムは、逆に亡国につながることを今こそ知らねばならない。
このように、一見がんじがらめにされているような日本であるが、自主独立への道が完全に絶たれているわけでは決してない。いちばん単純で早い方法がアメリカを戦争で倒して日本が中心となった国際秩序を構築することであるが、それは現実的でない、というより不可能だ。だったら、たとえ時間はかかっても最も現実的かつ実行可能な手段を選ぶほかない。そのキーワードとなるのが「集団的自衛権」「ニュークリア・シェアリング」。アメリカに守ってもらいっぱなしの日本が、アメリカにやられっぱなしになるのは当然のこと。だったら、アメリカの保護下にあって徐々にその地位を向上させていく、つまり存在感を増していくことを自立へ向けた第一歩としなければならない。
ただ、日本自立は軍事だけで完遂するという話ではない。北野氏は軍事以外に、精神(自虐史観からの脱却)、経済(内需型経済、健全な財政)、エネルギー、食糧(ともに自給率100%)が条件になると解説する。国際情勢を絡めた政治の話題というのは、往々にして世界史の深い知識であったり時事問題を知悉していることが必要と構えてしまう方もいるかもしれないが、こと北野氏の著作に関してその心配はまったくいらない。やわらかい文体の上に的を絞った簡潔な指摘がなされているので、一か所もつまづくことなくスラスラ読めてしまう。日本をめぐる国際情勢に少しでも懸念を覚えたらまっさきに手に取ってほしい本だ。なお、プーチンがロシア国内でなした偉業について感心を持ったら、北野氏の前著「プーチン 最後の聖戦」をぜひ読んでほしい。