日本人が知らない世界と日本の見方

中西輝政

国際政治学ないし国際関係論とは何かと問われたら、国家間の政治や外交、戦争の歴史を学ぶものですと、曖昧ながらもそれらしい返答をすることはできる。満点ではないだろうが誤りでもないだろう。だが、京都大学名誉教授の中西輝政氏が学生に対して本当に学んでもらいたいと考えている国際政治とは、結果としての事件や出来事を追うことではなく、世界を動かす仕組みのこと。中西氏は、その下地となっている「理想主義」と「現実主義」というふたつの思想に解を求める。

理想主義とは字義の通り精神的なものを重視し実現不可能へ向かおうとする考え方で、対する現実主義はそういった精神的なものは排除して世の中の原理や真実を基に動こうとする姿勢。だが、双方とも一義的な態度のみを貫こうとするものではなく、前者には理想を掲げるからこそ狡猾に立ち回るきらいがあり、後者はリアリストだと悟られないよう理想論を表に出そうとする。最高の理想主義とは現実主義を全面に押し立てるはずであり、最高の現実主義者とは自分が理想主義であるように見せかけるもの。要するに、国際政治とは、一方で最も効率的で合理的な目的を持ちながら、他方ではそれと異なる言葉や概念を操作して使い分ける「人間」そのものだという。

例として、18世紀のドイツの専制啓蒙君主フリードリヒ大王を評した「最高のマキャベリズムとは何か。それはマキャベリズムを否定することだ」という言葉が挙げられている。マキャベリズムとは、目的のためなら手段を選ばない権謀術数のことで、彼は『反マキャベリ論』という著書でそれに反駁していた。だが、彼は緊密な同盟を結んでいたオーストリアにおいて女性であるマリア・テレジアの継承権を否定しハプスブルクの領土を蹂躙(オーストリア継承戦争)するなど、他の隣国に対してもあらゆる悪辣な手段を駆使し侵略して回ったのだ。上述の評伝には、自分を理想主義に見せかける人こそが最たるマキャベリストだという意味が込められている。

本書の前半でこういった観念的な解説がなされており、私には難易度が高く理解が及ばぬところも多かった。しかし、これを頭に入れた上で中盤から後半にかけての具体的な記述を読んでいくと、なるほどと思わず膝を打ってしまうほど含蓄のある記述に驚かされることになる。特に、「戦争の原因は道徳的憤怒」「アングロサクソンによる世界支配」「露仏同盟があたえたインパクト」「一超多強という宿命」について解説されたくだりは必読だ。本書は、2011年刊行のため決してタイムリーなものではないが、それでも恒常的な国政政治の仕組みを知ることができるという意味でまったく古さを感じさせない。ちなみに、日本の場合は、目の前の現実を容認するという考え方に立脚した「現状容認主義」だとのこと。日本が国際政治における主役になれない理由がわかったような気がする。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です