国際メディア情報戦

高木 徹

目の前にある情報が、なぜいま、このような形であなたのもとに届いたのか、情報源からあなたまでの間にどのような意志と力が働いたのか、それを推察し見ぬくことで、世界がまったく違う姿となってたち現れてくる――。視聴者・読者という情報の受け手に甘んじていると、いつの間にか発信者の思惑に丸め込められて発信者が創った世界像を永遠に見続けることになる。その結果、真の国際社会から取り残されることになってしまう。私たちは「情報戦」の世界に生きているのだ。情報戦とは情報を少しでも多くの人の目と耳に届け、その心を揺り動かすことであり、この戦いを仕掛けているのは一国の大統領からPRエキスパート、国際テロリストまでと幅広い。NHKのディレクターとして数々のドキュメンタリー番組を手がけている高木徹氏が、国際的に行われているメディア情報戦の視点から、私たちが暮らす民主主義とは何かを問いかける。

国際メディア情報戦で勝利することとはどういうことか。それは、BBCやCNNなど国際的に影響力の強いメディアを動かし、その情報空間で自らの正当性を効果的にアピールすることである。なぜなら、それがそのまま国際政治の現実となるからだ。その方法論の例として、高木氏は、ボスニア紛争の当事国であったボスニア・ヘルツェゴビナ政府を情報戦で勝利に導いた、アメリカのPR会社を取り上げる。その仕掛け人であるジム・ハーフ氏は、ボスニアのシライジッチ外相に、まずメディア上での仕草や話し方などカメラ映りの極意を伝授すると、ボスニア問題に関心の薄かったアメリカ政府を動かすため、あるキーワードを多用するよう差し向ける。それが「民族浄化」だ。ボスニアの民族構成はムスリムが4割でセルビア人が3割。ムスリムが独立を訴えているのだが、セルビア人は隣国のセルビア共和国とスクラムを組んでムスリムを弾圧している。このホロコーストと言わずにホロコーストを連想させる「民族浄化」というキーワードのインパクトは大きく、世論は一気にボスニア支持となり、ついにはアメリカ政府を動かした。この経緯については高木氏著『戦争広告代理店』に詳しい。

さらに、国際メディアを効率よく活用し世界を震撼させた人物として、オサマ・ビンラディンを取り上げる。ビンラディンはアルカイダと同時に「アッサハブ」というメディア組織をつくり、自身のメッセージやテロリストの遺言ビデオなどを世界に広めて聖戦の正当性をPRし、高い戦意を持つ者を集めムジャヒディン(イスラム聖戦士)とするための啓蒙活動を重視していた。加えて、アラビア語放送のアルジャジーラに目をつけ、人気記者に独占インタビューを許可したり、「9.11を自らの仕業と宣言し、その成果の大きさをアピールする」メッセージを発信させたりするなど、メディア活用の幅を次々に広げていった。ビンラディンの思想の根幹は、十字軍=シオニスト連合が世界のイスラム教徒を攻撃し苦しめていると見る解釈であり、それを打倒するジハードを戦わなくてはならないという訴えだ。その思想はビンラディン死後も終息することなく、いまも世界中にテロの思想を拡散させつつある。

本書では、上に挙げた例のほか、選挙期間中のテレビ討論でのオバマ大逆転劇をはじめ、アカデミー賞ノミネート作品における情報戦、ボストンマラソン爆弾テロ事件での異様な加熱報道、2020年五輪招致成功で見えた東京の資産など例に事欠かず、国際社会を舞台に飛び交うメディア情報戦の現実が濃厚に描かれている。「メディアを通じて自分たちの正当性を勝ち取る」という、一見単純な論理ではあるのだが、その裏側でうごめく各陣営の息づかいの粗さが直に伝わってきて、興奮しながら読んだ。昨今、日本のネットで騒がれているマスコミの情報操作や陰謀を暴くという内容ではないが、それよりスケールの大きな世界を動かしている情報戦の荒波を俯瞰できるという意味で非常に意義深い一冊だ。


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