失敗の本質―日本軍の組織論的研究

戸部良一・寺本義也・鎌田伸一・杉之尾孝生・村井友秀・野中郁次郎

ノモンハン、ミッドウェー、ガダルカナル、インパール、レイテ、沖縄。これら大東亜戦争を中心に行われた局地戦において共通するものは何か。答えは言うまでもなく「敗北」である。だが、敵(米軍・英軍・ソ連軍)と比べて、兵の練度や士気、航空機や艦船の性能で優位にあったにもかかわらず、なぜ壊滅的ともいえる敗北を喫してしまったのか。その解を求めて冷徹に分析を加えていくと、これらの戦いから日本人が持つ負の特質がまざまざと浮かび上がってくる。本書は、なぜ日本軍は敗けたのかという問題意識を共有しつつ、敗北を決定づけた各作戦での失敗、すなわち「戦い方」の失敗を扱い、また日本軍の失敗を現代の組織にとっての教訓、あるいは反面教師として活用することを狙いとする。

真珠湾攻撃からマレー進撃、シンガポール攻略など、大東亜戦争開戦以来、連戦連勝に湧いていた日本軍に第一の鉄槌が下されたのがミッドウェー海戦だ。この戦いにおいて、日本軍は連合艦隊機動部隊の中心的存在だった大型正規空母4隻を失うという大損害を被った一方、米軍の空母損失はたったの1隻にすぎなかった。日本海軍は、伝統的に米国海軍との一定の比率を維持すべく漸減邀撃に徹し艦隊決戦により一挙に撃滅しようという思想を持っていたが、山本五十六連合艦隊司令長官はミッドウェーを攻略し米空母部隊の誘出を図りこれを捕捉撃滅するという作戦を立てる。現有戦力で十分に達成可能だと踏んだためだが、勝敗は惨憺たる結果に終わった。その原因として、山本司令長官が機動部隊の南雲司令長官に作戦の目的を曖昧なままに伝えたこと、ミッドウェー付近に米空母はいないだろうという先入観にとらわれていたこと、近代戦における情報の重要性を認識していなかったことなどが挙げられている。

このミッドウェーの敗戦も含めた6つのケースから学ぶべきことは、個々の戦闘状況における指揮官の誤判断や個別の作戦上の誤りよりむしろ、そうした状況を生むに至った日本軍の組織上の特性、すなわち戦略発想上の特性や組織的な欠陥にこそあると指摘する。具体的な例として、察しを基盤とした意思疎通がまかり通っていた指揮系統の曖昧さ、白兵突撃主義や大艦巨砲主義といった伝統に固執しすぎ時代の変遷に盲目的だったこと、戦闘機や潜水艦など一点豪華主義に走り量産が難しくなり同型機(艦)を大量生産する米軍に物量でかわなかったことなどがあげられている。これらを通して、要するに何を学べと言っているのかというと、こうした失敗から「日本人らしさ」、それも結果的に敗北へと至るマイナス面に気づけということだろう。

自身が犯した過去の失敗という体験を積み重ねて成長していくのが人間である。だが、国民性や民族性という習性が邪魔をして結局同じ過ちを繰り返すということは往々にして起こりうることであり、日本人である私が外国人を見て「なぜあの国の人はいつもああいう馬鹿げた行動に突っ走り自滅していくんだろう」と客観的に感じることがある。今風に言えば「死亡フラグ」といったところか。傍から見ていて、あの国民がああしたから(死亡フラグが立ったから)、次はきっとこうするだろうという観測は、ちょっとでもその国のことを知っていたら自然と沸き上がってくる感覚だ。だからこそ本書は、日本人も自らが犯した(これからも犯すであろう)行動上の失敗を歴史から学び、日本人特有の死亡フラグを回避する努力をしようと訴えかけているのではないだろうか。

ここから学ぶべき点は数多くあるが、「組織の環境適応」もそのうちのひとつだろう。組織の環境適応とは、仮に組織の戦略・資源・組織の一部あるいは全部が環境不適合であっても、それらを環境適合的に変革できる力があるかどうかのこと。つまり、ひとつの組織が環境に継続的に適応していくためには、組織は環境の変化に合わせて自らの戦略や組織を主体的に変革できる「自己改革組織」であらねばならない。それは、諸外国が決めたルールに無条件で合わせるという意味ではなく、外の変化と内なるリソースのバランスを加味しつつ組織としての独立性を保っていくということなのではないかと思う。会社の経営しかり国家の運営しかりである。「死亡フラグ」を回避する以前に、それが立ちそうな気配を感じ取ることができなければ、そもそも社会における勝ち組には到底なれないのである。


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