古代から現代に至る人類の長い歴史において、人々がどのように食物を育て、街をつくり、異民族と交易し、外敵と争い、他国を支配することを繰り返し、数々の国家や王朝の興亡を経て現代の世界ができあがったのかを知ることは楽しい。幾多の激しい戦争が勃発し、幾多の英雄が民衆を導き、幾多の芸術家が私たちに普遍性を教え、幾多の冒険家が海を越え山を越えて世界地図を塗りつぶしていった悠久の世界史。私自身、高校時代は世界史選択だったのだが、1日の授業でとめどなく溢れ出てくる聞きなれない人名や地名、国名、戦争名などを覚えていくのは、ともすればギブップしてしまいそうになるものの実に痛快だった。その後、社会人となっても世界史への関心が消えることはなく、趣味で海外旅行をする際には、世界史を学んでいく中で私自身いちばん関心を持った国や地域を優先的に渡航先として選んでおり、世界史という学問がいまでも私の中で少なからぬ影響を与え続けている。旅行を通じて、中国の兵馬俑やカンボジアのアンコールワット、インドのタージマハル、エジプトのピラミッドなど、その建造物がたどってきた歴史を直に肌で感じ、攻防で流された血の匂いを微かに嗅ぎ取り、強大な権力と酷使された莫大な人員の息遣いに触れられることは何よりの醍醐味である。
純粋に世界史の知識を付けたいのであれば、その道の専門家や研究者が著した本を手に取るのが最善の近道であろう。だが、そうした作業の過程で、世界史という雄大な人類の営みの記憶の中から、現代人が学ぶべき教訓や人生の範とすべき哲理を効率良く見出すことは困難なことに違いない。まして、商売や駆け引き、成功哲学など、ピンポイントで含蓄を得ようとしたところで、それこそ専門家や研究者以上の努力が必要となるだろう。ただ単に高校生用の世界史教科書を読み込んだだけでは、何も得られるものはない。そうすると、企業のエグゼクティブとして活躍している出口治明氏が著した本書にあたることは参考になる。一流の企業人の視座で書かれているため、とかく縦糸(各国史を年代順に追う形式)のみになりがちな世界史を横の軸で捉え、西洋史、キリスト教史、トルコ系遊牧民族史、陸海交易史などをなぞりながら問題解決に至る原因と手段を見つけ出すヒントを提示してくれる。出口氏は専門家ではないので「たぶん」「おそらく」「と思います」など、不確実であることを前提にした記述が目立つが、教養書として楽しむ分には問題ないだろう。実際仕事に役立つかどうかはさておき、世界の成り立ちと行く末を大まかに捉えたいなら読んでおきたい一冊だ。