民族が移動することで時代が変わる。歴史を振り返ると、かつてのゲルマン民族大移動をはじめ、数々の民族大移動を繰り返して現在のヨーロッパ民族構成が形成された。アフリカの紛争地帯から逃れた難民たちは北アフリカを北上し、密航船でイタリアを目指す。イタリアに入った難民たちは、フランスを経由してイギリスへと向かう。イギリスは難民受け入れ体制がしっかりしているからだ。一方、シリア難民は陸路を伝い、トルコ、ハンガリーを経てドイツ入りする。ドイツも難民受け入れに積極的だからであり、さらに北のスウェーデンを目指す人たちもいる。この現代版民族大移動によりヨーロッパ各国が難民の大波にたじろぐなか、イギリスは国民投票でEU離脱を決め、フランスなどでは移民排除の右派政党に支持が集まっている。本書の話者である池上彰氏と佐藤優氏が、現代の国際社会情勢を襲う大きなうねりを読み解くには、歴史の学習が欠かせないという点で意気投合。世界史から現代を見ることの必要性という視点で、混沌としてきた世界を縦横無尽に語り合う。
歴史というものは、日本のものも外国のものも含めて、過去のわれわれの遺産を継承し、次の世代に伝えていくこと。その際、良い遺産は継承し、悪い遺産は批判的に継承するか、あるいは遮断する、という認識が必須となってくる。つまり、「われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行くのか」という自分の立ち位置を知るということだ。「歴史」を知るとは生きていくために「自分」を知ること。ひとりの人間が人生の中で経験できることは限られているが、歴史を学ぶことによって自分では実際に経験できないことを代理経験できる。この代理経験こそが人間的な深みをもたらしてくれる。転じて、国家の場合はこうだ。中国は明代の鄭和の大航海を詰らえて、南シナ海からインド洋にまで勢力を拡大しようとしている。イスラム国は、インドからスペインまでの、かつてのイスラム帝国の栄光を取り戻そうとしている。トルコは巨大なモスクを建てたりして、オスマン帝国の再来を夢見ている。歴史とはその国で生まれ育った人たちの「物語」であり、それを為政者が教訓とするか教条とするかでその国の指針が決まってしまう。
アメリカ一極主義の崩壊、EU統合の危機、ウクライナをめぐる米露の衝突、膨張する中国と周辺国の摩擦、沖縄問題など、世界に横たわる数々の問題の中で、池上、佐藤両氏がもっとも注目しているのが「中東情勢」だ。中東は、ユーラシア大陸のど真ん中に位置し、宗教的に見てもユダヤ教、キリスト教、イスラム教という世界三大宗教の聖地がある。エネルギー資源の面でも最重要の地であるため、中東が混乱すればその影響は世界に波及する。つまり、中東は「世界史大転換の震源地」なのだ。そうした中東において中でも注視したいのが、イスラム国、イラン、トルコの動き。イスラム国は、かつての国際共産主義運動とよく似ており、全世界に革命を輸出するための拠点国家になろうとしている。イランは、対イスラム国ではアメリカと手を結びながら、対シリアや対イエメンではアメリカと本気で対立している。トルコは、エルドアン大統領が、2008年頃から軍の幹部たちをクーデタ容疑で次々と逮捕し(つい最近も大規模な粛清があった)、アタチュルク以後の政教分離を切り崩しイスラム化政策を進めている。オスマン(トルコ)、ペルシャ(イラン)、アラブのイスラム世界の中では、アラブは過激派(イスラム国)の跳梁で近未来においてまとまることができない。そうすると、トルコとイランの覇権争いになってくると予想する。
本書はほかにも、アメリカ、ロシア、中国、ドイツなどを中心に、世界各地で起きている騒乱を歴史の流れという観点から紐解いていく。タイトルにこそ「世界史」と付けられているが、現在起きている問題の原因を歴史に求めるというスタイルであり、わざわざ古代世界の成り立ちからリソースを引っ張ってくることはなく、あくまでも要因となった過去を振り返って解を導く程度だ。そもそも国際情勢を読み解くのに歴史の知識は必須となってくるので、関心を持ったなら、巻末で紹介されている世界史の文献(世界史Aの教科書が勧められている)を手に取ってみると良いだろう。それにしても、前著『新・戦争論』でもそうだったが、池上氏と佐藤氏の現状把握能力と情報分析力には毎回息を飲まされる。ぜひともシリーズ化してほしいものだ。