周知の事実であるが、2016年11月8日のアメリカ大統領選挙で、民主党のヒラリー・クリントン候補を破り、共和党のドナルド・トランプ候補が当選。そして、今年1月20日、トランプ氏は正式に第45代アメリカ大統領に就任した。政治経験のない人物がアメリカという世界唯一の超大国の大統領になるという前代未聞の衝撃は全世界を揺るがし、また移民問題をはじめとする発言がたびたび物議を醸し、就任式当日には暴動じみた反対デモが全米各地で発生した。果たしてトランプ氏は、話術を弄して詐欺まがいの手法により大統領職を手に入れたのか。いや、それは違う。アメリカは民主主義の国だ。それも、全世界にあまねく民主主義を伝導しようと、十字軍を気取って各地で戦争を起こすほどの民主主義ファーストの国だ。トランプ氏は民主主義の正当なる手続きにより、大半の国民の支持を得て大統領となったのだ。そんなトランプ氏だが、私たち日本人が抱いているイメージはどうだろうか。排外主義。極右。ファシスト。こういったところだろう。本書は大統領選前に出版されたものであるが、トランプ氏の当選を見越したかのように彼の人となりと大統領選後の世界を追った一冊である。
著者の江崎道朗氏は、トランプ氏台頭の要因を以下のようにあげている。まず財力。次に、NBCのドル箱番組を10年近くホストしていたため知名度が抜群であること。そして、ラジオやテレビの出演経験が豊富なのでメディアを知り尽くしていること。これは自身で計算しているのか、そのストレートな物言いが国民に受け、トランプ氏がメディアに露出すると視聴率が必ず上がるとのことだ。さて、トランプ氏の具体的な政策だが、第一は「アメリカを再び偉大な国へ」すること。第二に「アメリカ・ファースト」。介入主義ではなく、アメリカの国益を中心に自由と繁栄の国際秩序をつくることを意味する。第三は「中産階級の復活」。グローバリズムに反対し、国内産業を活性化させ雇用を国内に呼び戻して国民の所得を上げる。つい最近も、TPP離脱や、GM社がメキシコで自動車を生産していることに対し税をかけるといったニュースがあったばかりだ。なお、もっとも注目されている移民問題について、トランプ氏は移民を排斥しろと言っているのではなく、不法移民、ひいては麻薬密売人や強姦魔などを糾弾しているにすぎない。これまで国境周辺のアメリカ国民の安全が脅かされても、見て見ぬふりしてきた歴代政権と比べるまでもない。
実際のところ、本書ではトランプ氏について直接的に扱っているのは全体の3分の1ほどにすぎない。ほかは、アメリカの政治史や、日本よりもっと深刻に左翼に汚染された教育やメディアの現実といったことが綴られている。そうした中でも、トランプ氏が取るであろう対日、対中政策に関するくだりは興味深い。「アメリカ・ファーストですから、トランプが大統領になってもアメリカが『世界の警察官』に復帰することはないと思います」。これが何を意味するのか。悔しながらもアメリカの属国である日本の国民として、トランプ氏はこれまでもアメリカ大統領とは違うとの認識を強く持たなければならないだろう。