アメリカはなぜイスラエルを偏愛するのか

佐藤唯行

なぜ歴代のアメリカ大統領ならびに連邦議員団は、自国の戦略的利害にかなう包括的中東和平を犠牲にしてまで、イスラエルに露骨な肩入れを行うのだろうか。その理由として、大きくユダヤ票とユダヤマネーのふたつがあげられる。ユダヤ人は総人口の2%弱でありながら格段に高い投票率ゆえに全投票人口の4%を占め、また金融を中心とした各産業界の重鎮を輩出していることで莫大な資金を動かすことができる。これにより、アメリカをしてアラブ・パレスチナに冷淡でイスラエルをえこひいきせしめるという結果を勝ち取っているのだ。ユダヤ人と言うと条件反射的に陰謀論と捉えられがちだが、本書では公開された情報に基づき「ユダヤ人の政治力」との側面からユダヤロビーの実態を探る。

さまざまな圧力団体(ロビー)がひしめくワシントンで、屈指の影響力を誇る「アメリカ・イスラエル公共問題委員会(通称AIPAC)」。その活動目的は、イスラエルの安全保障がアメリカの国益にかなうことを広報・宣伝することと、アメリカ・イスラエルの友好関係のための法制定を行うよう連邦議会に対し働きかけていくことである。こうした活動は草の根レベルのネットワークづくりに基いており、新しくユダヤ人社会ができるとそこに地方支部を開設するといった具合に会員を増やしていき、いまや全下院議員のおよそ9割がAIPAC会員から何らかの働きかけを受けているという。このネットワークにより、親ユダヤ(親イスラエル)的な候補者を全面的にバックアップして政界に送り込み、逆に反ユダヤ(親アラブ)的な候補者は全力で追い落とすのだ。

ユダヤ票もさることながら、最も無視できないのがその資金力だろう。ユダヤ人にはウォール街やハリウッド、シリコンバレーなどで活躍する大富豪が多いことはよく知られているが、彼らの集金術が宗教的伝統により磨きをかけられてきた事実を忘れてはならない。ユダヤ人社会の中では、宗教的な慈善金を同胞から組織的に集めることは祈りや学習と同様に重要な掟。そのため、各地のユダヤ人社会では中世の昔から慈善金の集金・配分のシステムが確立・運営されている。これが政治献金集めの土台として利用されているのだ。「ユダヤ統一アピール」という団体では、全米のユダヤ人世帯がいついくら献金したかデータで把握しており、また、企業の業務報告書や新聞の死亡記事などをくまなく調べあげ大口献金者になりそうな富豪予備軍を探す専門部署まであるという。こうしてできあがったネットワークにより議員を懐柔し、アラブ諸国への米製軍用機売却阻止、イスラエルを脅かす国(イラク、レバノンなど)への制裁という成果を生んでいる。

ただ、ユダヤ人団体も一枚岩というわけではなく、伝統的にリベラルな民主党を支持する団体もあれば、信条的に近いキリスト教右派と組んで共和党に票を投じる団体もある。それでも、彼らの目的は「アメリカを親イスラエルに傾ける」という理念では一致しており、実際にアメリカ政府は、世界190ヶ国にあたえる経済・軍事援助の実に2割強を世界人口の0.1%に満たないイスラエルに送っていたり、利率も格付けも低いリスキーなイスラエル国債を多額購入しているのだ。成果は着実に実を結んでいると言えるだろう。本書はほかにも、歴代アメリカ大統領とユダヤ人社会との関係についてもページを多く割いているのだが、それを読んでも彼らがいかにアメリカを動かしているかがよくわかる。「テロの根絶」「正義の戦い」と称してアメリカが中東で起こした(起こそうとした)戦争は、純粋に大量破壊兵器の廃棄だとか世界平和を実現するためのものだったのか、考えてみる必要がある。

なお、ユダヤ人、特にユダヤマネーにまつわる陰謀論についてだが、これまで取材に対してユダヤ人関係者が口をつぐんできたのは彼らの資金力、集金力を世間に知らせることは古来の偏見を目覚めさせ無用な反ユダヤ的陰謀論を生むのではないかと恐れていたのだという。だが、注目すべきは非ユダヤ人側の意見だ。この話題を口にして詮索を始めれば自分たちが反ユダヤ主義者であるとユダヤ人団体から告発されると恐れているというのだ。ユダヤ人自身が陰謀論呼ばわりされるのを恐れているというのはおそらく建前で、相手方を完全に取り込んで自分たちが不利にならないよう巧妙に立ちまわっているわけだ。こういった図式は、血税が利権団体に横流しされたり宗教政党が政治のキャスティングボードを握っている日本においても無関係ではない。


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